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女性向けの恋愛モノと男向けの恋愛モノは文脈がまったく違う。むしろ男向けのバトル漫画と女性向けの恋愛モノのほうが内実は近い。

*主語デカい話なので、苦手な人はこの時点でブラウザバックしてください。

◆前段:少年(青年)漫画のバトルと少女漫画の恋愛は文脈がほぼ重なる。

ということを以前↑の記事で書いた。
 平たく説明すると、「互角の力量を持つ人間がお互いを理解するために一対一で対峙して、相手を理解しようとする試みを通して己を理解する。その道筋では、それがバトル(対立)であるか恋愛であるかは社会(他者)による区別に過ぎず、本人たちにとってはその境目は無意味なのでは」ということを書いている。

「バカボンド」では、武蔵が対戦相手の伝七郎に「お前とは理解し合えない」と考えているように、「バトル漫画」では戦いがコミュニケーションとして機能する。
「ベルセルク」のグリフィスは、ガッツと「理解しあえる(戦える)相手」であり続けるためにゴッドハンドになった。

「ゴールデンカムイ」の尾形とヴァシリは、対等の力量を持つ相手であるため、一言も言葉を交わさなくても、戦うことを通して「相手がどういう人間か」がわかる。
「一対一で対峙する」「相手が何を考えているかを推測する」「相手がどういう人間かを考える」「そのことによって己を知る」
 バトル漫画で戦いを通して敵を理解する過程は、恋愛をテーマにした少女漫画で恋愛相手に行われていることと内実は同じである。

・よく見る(興味を持って観察する)。

(引用元:「ゴールデンカムイ」野田サトル 集英社)
(引用元:「太陽よりも眩しい星」河原和音 集英社)

・相手の行動からどういう人間かを推測する。

(引用元:「ゴールデンカムイ」野田サトル 集英社)
(引用元:「太陽よりも眩しい星」河原和音 集英社)

・相手がどういう人間かを考え理解を示す。

(引用元:「ゴールデンカムイ」野田サトル 集英社)
(引用元:「太陽よりも眩しい星」河原和音 集英社)

 心の動きは同じで、それが他人から見て「恋愛に見える」「一対一の戦いにおける心理に見える」だけだ。
 そしてその分類は本人にとっては意味がない。
「恋愛及び一対一の戦い」をする真の目的は「付き合うこと」「相手を倒すこと」(自己実現)ではなく、「相手と対峙することで己を知ること」(自己探求)だからだ。
 だから武蔵は伝七郎と対峙し勝ったことに喜びではなく、「お前とは分かり合えない」という失望の言葉を吐き、「ベルセルク」のグリフィスはガッツを失った瞬間に、人生の目的だった野望を棒に振る。


◆男にとって、枷を外して全力で女性と相対することは禁忌である。

「対等の相手との一対一での全力のコミュニケーションをすることで、己を知る道筋」が女性向けにおいては「恋愛」、男向けにおいては「バトル(闘争)」という装飾をされることが多いのは何故か。

 以前「アンチマン」の記事で書いたように、「物理的に強く性欲も強いため、男は『男らしさ』という『枷』を社会的にも内面的にもはめられている。そのため女性相手に全力で相対することが出来ない」からだ。

*上記の記事では「ロイエンタールはミッターマイヤーとは全力で殴り合えるが、女性とは殴り合えない」という例を上げている。
またラインハルトが銀河を統一してもなお「戦いたい。敵が欲しい」というのは、野望(自己実現)のために戦っているのではなく、自己認識のための手段だからだ。

「自己を認識するためには、自己を相対化できる対等の相手がいなければならない。その相手と全ての制約を外して、能力の全てを用いて対峙することで、初めて自己認識ができる」
「バトルか恋愛かという識別をすることが無意味な全力を出したコミュニケーション」を、男が女性を相手にすることは『枷』があるために難しい。(武蔵と伝七郎の関係を見てもわかる通り、同性同士でもそういう相手を見つけるのは難しい。だが異性の場合は、前提として「全力で対峙してはいけない」という禁忌が働いているということ)  
 物理的な戦闘能力が天と地ほどの差がありながらそれが成立したメルエムとコムギの関係性は奇跡に近い。


◆ここまでのまとめ

「バトルと恋愛は、対等の相手と一対一で対峙し、相手を理解しようとする過程において己を知る道筋」としては、本人同士にとってはその境やその状態につけられる名称は無意味である。
 他人(社会)がその状態を理解するために、勝手に判断して分類し名称をつけているに過ぎない。

 物理的な力や性欲がアンバランスなために、男が女性にこの状態を求めることは難しい。
 故に男向けの恋愛モノは「枷を外して女性と相対してはならない(バトル要素は弾かなくてはならない)」という制約がある。   
 そのため男向けの恋愛モノと女性向けの全人的コミュニケーション型恋愛モノとは文脈がまったく違う。

 社会的意味合いという装飾があるためにそう見えないだけで、男向けの恋愛モノと女性向けの恋愛モノよりは、男向けのバトル漫画と女性向けの恋愛モノのほうが内実は圧倒的に近い。
 というのが自分の意見だ。


◆男向けの恋愛描写を、女性(他者=社会)に気を遣わないで描くとどうなるのか?

「アンチマン」や「推しの子」を読んで感じたが、性的欲望も含めて何かに強烈に惹かれるという感情は本来は社会的なラベリングをすることは不可能なのではないか。

「アンチマン」のラストにおいて、溝口は這って逃げる女性にのしかかることで、結果的に女性をかばって犯人に刺される。
 この時の溝口の行動の動機は、「レイプ願望と女性(母親)を救いたいという気持ち、母親を慕う気持ち」のすべてが混然一体となったものだと思う。(最初に読んだ時にそう思ったが、話がややこしくなるだろうと思ったので、感想記事ではとりあえず「疲労のため熟睡した後の半覚醒状態だったため、普段は抑えていたレイプ願望が発露してしまった」という説を取っている。)
 本人の中ではそれはただただ「女性(母)に強烈に惹かれ、つながりたいという欲求」なのだ。
 溝口の中の感情を「レイプ願望」と「母親を慕う気持ち(女性を救いたい気持ちでもいい)」を分けることは、社会(他人)にとってしか意味がない。
「アンチマン」は、そういう本人の中でも判然としない欲求や衝動が、結果だけを見て他人(社会)によって評価されたり貶められたりすることの皮肉も描いているのでは、と思う。

「推しの子」の吾郎(アクア)がアイに向ける感情も同じだ。
 それが「母を慕う気持ち」「恋愛感情」「圧倒的なものに対するあこがれ」のどれなのか。
 本人にとっては、そんな分類は無意味なほど、ただただ強烈に惹かれている。

(引用元:「推しの子」第2話 赤坂アカ/横槍メンゴ 集英社)

 その惹かれる気持ちのままに行動すれば、相手は自分より力が弱い女性なのだから傷つけてしまう。
 自分ですら抗いがたいその衝動に支配されてしまえば、相手の女性の意思すらも踏みにじってしまいかねない。
(*アイを刺したストーカーの中でも、「刺す」という行為が「自分の思いを伝える、アイに接続するためのコミュニケーション」として機能しているが、こんな理屈は他人にとっては許せないものだ)

 だから「それはレイプだ」「それは母子相姦だ」と社会によってその言動や感情は区分けされ、禁忌が設けられている。
 その禁忌が本人たちの中にも植え付けられ、そこから生じる違和感や嫌悪感が「ここから逸脱してはいけない」というブレーキとして内面で機能している。
 人間は社会を作って共に生きるために「他者の認識によって構成された世界で生きている」(©️ラカン)のだ。

 この「本人も制御不能なほど相手に強烈に惹かれる気持ちを、社会によって構成されたシステムによってかろうじて制御している」恋愛の型を、自分は「信仰型恋愛」と呼んでいる。
 溝口→母親(女性)、アクア→アイ、レスター→遺○(「チャイルド・オブ・ゴッド」)はすべて、一方的に強烈に相手に惹かれ、それを社会的な文脈によって押さえつけている恋愛型である。
「自己の中の強烈な衝動を、社会的な禁忌で押さえつける信仰型恋愛」は、男→女性が圧倒的に多い。

 個人が尊重される今の時代では「社会に植え付けられる」という語自体に忌避感がわくが、「これは禁忌であり嫌悪すべきことだ、という感覚を持つこと」は、色々な人と共に生きるためには必要なことだ。
「チャイルド・オブ・ゴッド」でレスターが保安官に言われた通り「君は他の生活のしかたを見つけるか、世界のほかの場所に今のしかたで生活できる場所を見つけるかどちらかにするしかない」。(*禁忌の感覚自体は時代によっても少しずつ変わるし理不尽なものもあるので絶対のものではない。「それは脅威ではなく、むしろ禁じることが不合理だ」という疑問が出れば社会全体で点検して変えていかなければならない)

 自分が「アンチマン」の溝口が「まともな普通の男」と思ったのは、溝口は女性を見るたびに性的な衝動が生じたり、父親に対して怒りを感じながら、禁忌を犯さず社会の中で生きているからだ。
 自分も社会がなくなれば困るので、「多くの人が生きやすい枠組み」を考える人、それを尊重する人には好感を持つ。

◆女性向けと男向けの恋愛モノは文脈がまったく異なるので、同じ「恋愛モノ」として読むと「?」と思うのは当たり前。

 女性向けの恋愛モノの相手役は、↑で書いた男が社会から課せられている「枷」の存在をほぼ感じない。
「物理的に力が強い男に生まれたがゆえの、女性(ヒロインだけにあらず)全般に対する遠慮」大げさに言えば「タブーに抵触する畏れ」が存在せず、女性キャラと差がない。
 男は特に女性に対して「うっすら罪悪感」を持つように社会から枷をはめられている。
 その罪悪感を払拭するために「女子供に尽くせ(時にそのために死ね)」と強いられている。これが「男らしさ」(社会的な男の構造)である。(*基本的には)

 だが女性向けの恋愛モノに出てくる男は性欲が(ほぼ)ない、もしくはヒロイン限定になっているので「女性全般に対するうっすらとした罪悪感」を持っていない(ように感じられる)。振る舞いに「現実の男っぽさ」がない。
 だからこそ女性キャラとの「バトル(枷を外し一対一で全力で対峙するコミュニケーション)が可能」。
 恐らくこういう構図になっている。

 女性向け恋愛漫画の相手役(男)は、女性キャラと対等に対峙するために女性にとって脅威となるものをはぎ取られている。
 遠慮なく言えば「去勢されている」。
 しかしそれを隠蔽するために(男だという幻想を守るために)「暴力」(職業がヤ〇ザや軍人などの場合を含む)がアイコンとして用いられているのではないか。
 女性向けの恋愛漫画の相手役で、強引だったり高圧的だったりすることが多いのは何故なのかはこう考えるのが一番しっくりくる。

*「胸の大きさを気にする女性キャラ」が、本当は男であることを隠蔽するために「胸」にフォーカスしているのではないか、という理屈と同じである。

 男は「性欲」「そこから生じるうっすらとした罪悪感(よく言えば遠慮、悪く言えば相手にならないという女子供扱い)」をはぎとられて、初めて女性とバトルすることが出来る。
「アンチマン」の感想記事で書いた通り、溝口が「男」という肉体の制約から解放されたネットでならば、女性と「レス『バトル』」出来ることとつながる。

◆男女が「自己を知るために、自己を相対化できる相手として、戦いの中で対峙すること」は不可能か?

 今の時代だと「戦う女性キャラ」はたくさんいる、という話ではない。(ということはわかってもらえると思うけれど)
 武蔵と小次郎、ガッツとグリフィス、尾形とヴァシリ、ヤンとラインハルト、佐為と行洋のような「その相手と対峙することで自己を認識することができる関係」を異性同士のバトルモノで描くことは可能なのか。(メルエム×コムギは凄いが、自分の好みからすると「恋愛」というニュアンスが強すぎる。うるさくてすみません)

 例えばヤンとラインハルトなら艦隊戦なのだから、肉体的差異は関係ない。(ワープが妊娠に悪影響を与える可能性があるという描写はあった気はしたが)
 だが「女性に対して発揮される内面化されたブレーキ」があるため、肉体的差異が伴わないものでも男が女性に対して枷を外すのは難しい。

 ただ自分はもうそろそろ出てくるのでは、と思っている。 
 いま期待しているのは「推しの子」だ。

(引用元:「推しの子」第116話 赤坂アカ/横槍メンゴ 集英社)

 男が女性キャラに対して「面白い。それならば全力で潰す」というドス黒い感情を放出する描写に期待大である。
 自分の脳内妄想ではあかねは恋愛的にはかなが好きで(というより憧れと嫉妬が入り乱れた感情を持っていて)、アクアとはむしろライバル(倒すべき敵)という意味合いのほうが強いのだ……が、本編がそうなりそうで嬉しい。
 あかかな、ごろさり推しなので、あかねがアクアを蒙昧から目覚めさせて、かなと幸せになって欲しい。

 自分は「推しの子」はこういう話ではないかと思うので、アクアが復讐を果してすべてが終わる話ではないと思う。
 アクア(吾郎)は自罰感情無間地獄から救われると良いな。


◆童磨×しのぶもいい。

 童磨×しのぶが面白いのは、力量的に上回っている童磨のほうが「お前とはわかりあえない」と言われているところだ。
「鬼滅の刃」はこのシーンに限らず「バトルを通して己(の強さ)を知ることこそ至高」という、青少年漫画バトルモノの価値観に正面からノーをつきつける描写が多い。(というより、その価値観を「悪」としているフシがある)
 バトル漫画であるにも関わらず「力への不信と嫌悪」が一貫しているところが、「鬼滅の刃」の面白いところだ。

◆「チャイルド・オブ・ゴッド」を三分の二読んだ感想。

「社会から無視され疎外される男の話」で、「ジョーカー」ほど主人公に寄り添っておらず、「アンチマン」ほど露悪的ではない。
 むしろこの二つよりも過酷な状況での嫌悪すべき所業が、事実だけ淡々と描かれている。AIが書いてももう少し情緒的になるのではと思うほど、無味乾燥で鋼鉄の描写だ。
 主人公のレスターのキャラが立っている、中編程度の長さなので、マッカーシーの他の小説よりは読みやすい。(マッカーシーの小説は、人間が自然などの大きな流れの一部に過ぎないところがいいので、個人的にはちょっと微妙だなと思うけれど)

*読み終わった感想。


◆この話の流れだと無限に書けそうだが、いったん終わる。

 また何か思いついたら書こうと思う。
 ここまで読んでくれた人、ありがとうございます。

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