あの夏を憶えている。
「なぁ、もう帰ろうぜ」
友達が躍起になってコマンドを押してる。ひと昔前の格闘ゲームで、小さい頃にやっていて懐かしいと、僕をそっちのけでプレイしている。
興味がない僕は早く帰りたくて、他のコーナーに目を移して待っていた。
ぼうっとしてクレーンコーナーを眺めていた時、ハッとした。
そこに同じクラスの君がいて、知らない男とクレーンゲームをやっていたからだ。
見てはいけないものを見てしまった。
言い知れない不安と、知らない罪悪感を感じてしまい、僕は目を背けて、興味のない友達の格闘をまじまじと見ることにした。
7月。夏の始まりだというのに、学校の教室は蒸し暑さと空調の悪さが相まって、うだるような環境だった。
「もうすぐ夏休みだが、気を引き締めろよ。次の中間でここ重要だからな。」
国語の先生が黒板に書いたのをノートにとっていた時、風の弱い暑さに嫌気が差してふと横を見た。
窓側の隣の席で、顔を手で扇ぐ君と目が合い、「暑いね」と笑いあった。
授業のわからない事、最近面白かったTVの事、お笑い芸人のギャグ。いつも友達と一緒に君と話していた。
楽しかった君との会話。でも、あの時の知らない男が僕の脳裏に焼き付いて離れない。
友達の知らない君。
知らない男といた君。
知っていたけどそれを言わない僕。
もやもやとしているが、この関係を壊したくない僕は、このままを続けようと思った。
7月15日。地元の神社の参道脇に夏らしい提灯が並んで、賑やかな屋台が立ち並んでいた。
「俺、告ろうと思う。」
神社の入り口で僕と友達が他の仲間と待ち合わせていた時、告白の相談をされた。
誰であるか聞いた僕は「頑張れよ」ではなく、「マジで」と答えにならない返事をした。
お祭りの賑やかな音、行き交う楽し気な人々。眺めていると、君が隣に来て「楽しんでいるかい?」と僕を見て言った。
「めちゃくちゃね。」と返す僕に、「じゃあさ、あのちっちゃいのとれる?」と射的にあったお菓子の景品を指さした。
「ホントに欲しいのかよ」と言いつつ、どうせ当たらないだろうと射的をすると、最後の最後で当たったのは小さい猫の景品だった。
「欲しかっただろ?」と僕が誇らしげに渡すと、「めっちゃ欲しかったやつ。」と笑いながら射的の話で盛り上がった。
離れてしまった友達と合流しようと、二人で賑わう参道を歩いていると、「そういえばさ、好きな人いる?」と君が話を振ってきた。
不意な話に取り繕う言葉が出ず、「いるよ」と話してしまった。
自分でも驚いた言葉に恥ずかしい気持ちがこみ上げ、困惑した僕はあろうことか「でも君もいるんだろ、前に見た奴とか。」と口を滑らした。
しばらくして「知らない。」と君が言った。
言葉の続きは無く、会話は終わった。賑わっている祭りの音が、そこら中に響いていたのに、この瞬間だけは全てが止まり、静寂の筵に放り込まれた。
友達と合流した後、仲間が屋台の食べ物の買い出しに行くと言った。友達と君の二人を残し、僕を連れて行く。振り返ると、二人は階段の先にある神社へ歩いていた。
話しながら向かう二人に僕はなんの言葉も出せず、けれど焦慮に駆られる自分の気持ちに整理がつかないでいた。
7月25日。学校での友達はいつもどうりで、夏休みに何処で遊ぼうかと、宿題を後にした計画を仲間と一緒に笑いながら話していた。
「告白はした、けど振られた。」
終業式の帰り道、友達は照れながら僕に話した。振られた後に、彼女から理由を聞くと、好きな人がいる事を話した。
「ショックだけど、もう吹っ切れた」と笑って話す友達の姿がとても大人びて見えた。
僕はその話にいい言葉が出ず、「そうか」と弾まない会話で終わった。
家近くで花火大会の話になり、仲間と集まって行こうと約束した。駅前で待ち合わせる事を決めて、また夜にと別れた。
自分は何者なのだろう。
君と友達と僕、この設定で良かったはずなのに。あの時あの場所で言うセリフはもっと利他的で、体のいい言葉が出るはずだったけれど、僕はその選択をしなかった。
多分知っていた、何者なのかを知っていたのだ。それを言うこともなく、知らないことを装って、僕は今まで引き延ばしていのだ。
午後8時。待ち合わせた友達と仲間とで花火大会に行く。大きな会場で、今年一番の花火を見ようと大勢の観客がいる。混雑した中で前に行こうとする友達に「ごめん!」と別れ、少し離れた場所に走っていた。
遠巻きから、浴衣姿の君が見えた。
「もう始まるよ。」
見上げていた君に声をかけた。
驚いていたがすぐに笑顔になって、「一緒に見よう」と手招いた姿に、自分の鼓動が駆けだして行くのを知った。歯止めが利かない鼓動は打ち上がる花火と一緒に、辺り一面に響いていった。
燃え上がる火花が夜空を彩る最中、立ち見の人だかりに少し流された時にふと横を見ると、見上げていた君と目が合った。
「綺麗だね」と言った僕に君が言った言葉が、轟音と共に夜に紛れていった。
サポートをして頂くと有頂天の気分になって、心躍る作品を作りたいと思います。