24/10/2020:『We Will Meet Again』

トラムがやかましい音を立てて通り過ぎた。旧式のエンジンに錆び付いた車輪をほったらかしにしているから、そんな音が鳴るんだ。

「どうしてメンテナンスしないんだろう?」

と、立ち寄ったカフェのおじさんに聞いたら、

「さぁ、僕はカフェの店長だからわからないや。」

と、言われた。それもそうだ、と思った。

「でも、」

「でも?」

「もしあれがEV式とかになって、すごく静かになったら、それはそれで寂しい気もする。一つ音が消えていくということだからさ。」

とも言った。

それもそうだ、と思った。

何もかも新しく綺麗にすればいいってもんじゃない。残していくべきものもあるだろう。あるいは、新しいものと代替がきくとしても、あえて古い方を選ぶこともある。

「愛着、郷愁、情緒、親しみ、結束。そんなところじゃないか?」

マスターが自分の手足のように操るエスプレッソマシンだって、きっとどんな類のものだろう。

街全体が古いから、一緒に足並みを揃えるようにして全てが歳を取っていく。あちこちにガタが来て、ボロが出る。

「いいんだよ。人間だってそうやって生きていくんだから。だいたい、ここは人間が住む場所なんだ。僕らだけが歳を取って、街の方が取らないなんていうのも、不平等さ。」

マスターはタバコをくわえながら笑った。

僕は今でこそ大人の端くれみたいな年齢にはなっているけれど、まだまだマスターに比べたら序の口だし、マスターにしてもこの街と比べれれば微々たる存在だった。

結局のところ、いつだって初心者なんだ。

誰かや何かと比べれば、いつもどこかが。

「ほら、また来た。」

先ほどとは逆方向に向かう車両がやって来た。負けず劣らずすごい音。

「行ったね。」

でも、さっき聞いた時よりもちょっとだけー本当にちょっとー、優しくも聞こえた。

マスターがコーヒーを出してくれる。

「ゆっくりしていけばいいさ。」

と、言った。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

Harbin Mann & Phil Woodsで『We Will Meet Again』。

 

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,778件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?