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私の娘は土の中   斎藤緋七


 亜由美は裏庭の片隅に穴を掘る。産んだ赤子を横に寝かせている。赤子の父親の雄太も穴を掘るのを一緒に手伝ってくれている。
「ふう」
雄太は一息つく。
「これくらいの深さでいいわよね」
亜由美は言った、数時間程前に自宅のトイレで女の子を産み落としたばかりだ。
「さあ、埋めようぜ」
「そうね。どっちが首を絞める?! 」
「生き埋めでいいんじゃないか?そのうち、窒息死するだろ」
「それもそうね! 」
亜由美は穴の中に赤子を置きそっと置き上から土を掛けていく。
 
― ごめんなさい、私、貴方より自分の人生の方が大切なの ー
 
「じゃあな」
我が子殺しの共犯者は笑顔で自転車に乗って帰っていった。
「一件落着」。
とばかりに、いつものベッドで眠った。
声が聞こえる。
「おかあさん、おかあさん」
寝ていたところを起こされて亜由美は少し不機嫌だった。目の前には、数時間前に殺した赤子の顔があった。半透明で、足がなくてふわふわと浮いている。
「なによ? これ?! 」
「くるしいよ、おかあさん」
「なんなのよ」
亜由美は飛び起きて裏庭の我が子を埋めた木のそばに行ってみた。亜由美を「おかあさん」と呼ぶのは、あの子一人だけ。
確かに赤子の泣き声が聞こえる。深夜だったが電話で雄太を呼び出す。三十分程で雄太はやって来た。
「まだ、死んでないって?! 」
「雄太、聞こえる?あの子の泣き声よ! 」
雄太は耳を澄ます。
「おかあさん」
「おとうさん」
「ああ、聞こえる! 」
「私が寝ていたら、半透明な足のない赤ちゃんに起こされて呼ばれたの。この子、生きているわ。くるしいよ、おかあさん。って声が聞こえるもの! 」
「勘弁してくれよ! 」
深いため息をついた雄太はもう一度、辛そうに土を掘り起こす。赤子は確かに死んでいる。幻だろうか。
「念のため、一回、締めとくか。悪く思うなよ。これで、ふわふわ、浮遊するのは勘弁してくれ! 」
雄太は素手で赤子の首をしめた、ポキっと言う渇いた音がした。涙を流す亜由美の肩を抱き寄せながら、
「仕方ない、よくある事だ! 」
雄太は自分にも亜由美にもそう言い聞かせた。次の日も赤子の声ははっきりと聞こえて来た。
「どうして?! 」
もう一度掘り起こす、これで何度目か。お願い、もう勘弁してちょうだい。
「死んでいる、確かに死んでいるよね? 腐敗臭がするわよね?! 」
雄太が不安そうにしている。
「私、怖いわ」
つい、本音が出てしまう。
「怖いな」
「違う、怖いのは私たち。適当に子どもを作って、産んで、殺して、学校で知らん顔して、友達としゃべって、お弁当を食べて授業を受けている。日常が私は怖いのよ」
「亜由美、焼いてみるか?それとも、もっと山の奥にもう一度埋めるか?! 」
「焼いてみましょう」
亜由美は同意した。
「明日の金曜日、夜十一時に集合な」
亜由美は取り敢えず、赤子に軽く土をかけておく。
「わかった」
次の日。道具を持って雄太はやって来た。
「亜由美、親は?! 」
「明日の遅くに帰る予定よ」
「しばらく、雨が降っていないから今日はよく燃えるぞ」
雄太は人ごとのように言った。何度目だろう、この子を殺すのは。
 再度、雄太は土を掘り起こして、取り出した赤子を大きめのバスタオルでくるむ。雄太と亜由美は歩きだす。亜由美の家の裏の林の奥にたどり着いた。雄太はバスタオルごと、土の中に赤子をそっと置き、上から灯油を注ぐ。次にあらかじめ灯油に浸しておいた新聞紙を上から掛ける。雄太持参のマッチの火がポトンと赤子の上に落ち、勢いよく燃え始めた。
「最後のサヨナラね、ごめんね」
亜由美はたまらなくなって、泣き崩れた。
充分に燃えてから、土を掛ける。
「さすがにもう、いいだろう」
雄太は笑顔だったが亜由美は笑顔を作ることもできない。
「月曜日な」
「うん」
雄太はバイクにのって去って行った。亜由美もその日は泥のように眠った。しばらく、熟睡できなかったのだから、仕方ない。
「おかあさん。おかあさん」
声が聞こえる。ああ、あの子の声だ。私の。私の娘。
「わたしのだいすきなおかあさん」
「ねえ。おかあさん」
ここは夢の中?
「おかあさん、私を埋めた場所に。もう、一度来て」
あの場所に行けばいいの? ああ、あの子の心、あの子の魂。浮かんでは消えて行く。
次の日、亜由美は一人で我が子を焼いた場所に行ってみた。
 
土の中から手が二本、突き出ていた。
「どうしたら、死んでくれるの? 」
 
おかあさんも一緒に死んでくれたら、私も多分、死ねるよ。
 
完       


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