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同時多発テロから2年──ダライ・ラマ、米国で平和を語る(「神社新報」平成15年9月29日)


「我々はチベットを中国の一部とし、チベット独立に反対していく立場を堅持するとともに、米国に対して中国への内政干渉をやめ、中米関係が損なはれることを回避するやう求める」。

日本の首相が靖國神社に参拝すれば、決まって内政干渉的に会見で批判する中国外務省の報道官が、今度はその矛先をダライ・ラマ十四世の訪米に向けた。

折しも「九・一一」同時多発テロから二年目の米国で、ダライ・ラマは何を語ったのか。


▽ 中国政府は猛反発

五十年以上も中国政府による不当な支配を受け続けるチベットの最高指導者ダライ・ラマは今月上旬、亡命生活を送るインドを出発し、米国を訪問、

「十四世は純粋な宗教家ではなく、長年、中国の分裂、民族団結を破壊してきた政治亡命者」

と決めつける中国外務省の強い反対表明にもかかはらず、十日、ブッシュ米大統領との会談がおこなはれた。

ホワイトハウス報道官の発表によれば、両者の会談は今回が二度目で、大統領は、チベット固有の宗教、文化、言語の独自性を保護すること、すべてのチベット人の人権を保障することについて、米国の強い取り組みをあらためて示した。

また、ダライ・ラマによる中国との対話の努力に強い支持を表明し、対話が目に見える形で続くやう中国に努力を促していくこと、中国が好ましい対応を取るやう希望してゐることを語った。


▽ アフガン戦を評価

非暴力による自治権恢復運動を展開し、それゆゑにノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマと、同時テロ以来、世界最強の軍事力を背景にアフガニスタン、イラクなどで対テロ戦争を推進するブッシュ大統領は、

「強固で建設的な米中関係の重要性について意見が一致した」

と米国政府の報道官は声明した。

それどころか、二年前はテロ攻撃に暴力で対抗することを避けるやう大統領に手紙で訴へたダライ・ラマは、今度の会談では、イラク戦争の正当性についてはまだ評価の段階ではないとしながらも、アフガニスタンでの戦争はより大きな平和を勝ち取るために正当化できるかもしれないと語った、とも伝へられる。

AP通信によると、ダライ・ラマはブッシュとの会談のあと記者に対して、

「原則的には非暴力が正しいと信じるし、長い目で見れば非暴力の方法こそより効果的である」

と語りつつも、朝鮮戦争や第二次大戦と同様、アフガニスタンではある種の「解放」がもたらされたとの理解を示したといふ。


▽ 諸宗教の平和共存

同時テロからちょうど二年目の九月十一日夕刻、ダライ・ラマは「すべての米国国民のための教会」として知られ、同時テロ当日の三日後、米国歴代大統領や政府高官らが参列して犠牲者への祈りが捧げられたワシントン・ナショナル・カテドラル(WNC)で、

「平和を耕す」

と題する講演をおこなった。

WNCの資料によれば、ダライ・ラマは前半はチベット語で、後半は英語で、そして心の奥底から響くやうな野太い声で、静まりかへった聖堂の壇上から、諸宗教の平和共存の可能性について呼びかけた。

「信じがたい悲劇は憎悪と嫉妬によってもたらされる。破壊的な行動を避けるためには、慈愛と寛容、満足、自己修養の昂揚が求められる。
さまざまな宗教には、異なる哲学にもかかはらず、愛や慈しみ、赦しといふ同じメッセージを含んでゐる。イスラム教がより好戦的で暴力的であるといふ印象を持つ人もゐるが、誤ってゐる。一つの伝統を全的に非難するのは正しくない。ひとたび宗教を受け入れたなら、我々は誠実でなければならない。
しかし宗教はときには飾り物のやうになってゐる。
あなたがある精神的体験を得たなら、他の伝統的価値を認めることはずっと容易なはずだ。自分自身の宗教的体験によって、あなたは他の伝統の大きな可能性を理解できるはずだ」

悲劇をもたらしてゐる中国政府にさへ慈しみの眼差しを向け、さらに世界平和を訴へるダライ・ラマのメッセージを、中国の指導者たちはどう受け止めたのか。

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