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アメリカ行きの選考に落選して

私が高校2年生の時、マレーシアに行ったのは不純な動機だ。

「アメリカに行った子たちに負けたくない」

勉強は不得意だったが、英語だけはできた。

小学校から通っていた英語の塾の先生が私にそう自信をつけてくれた。だから英語の点数が低くても、あまり話せなくても、英語ができるというプライドだけはなぜかあった。

Fail for America

だからこそショックだったのだ。アメリカ行きの選考に落選したことが。

高校2年生の夏、アメリカのシアトルで、文化・言語を学ぶ2週間のプログラムがあった。福井県の高校生100人が対象で、その十数人の枠が私の母校にも振り分けられていた。

面接の準備を念入りにして、プレゼンの練習も幾度となくした(気がする)。しかし、高校の先生達は私を選考の枠から振り落とした。

憧れていたアメリカに行けないことはショックだったし、涼しい顔してアメリカ行きの準備をしていた友達を恨んだ。なにより自分のプライドが傷ついた。

だから私は同じ時期に計画されていた、マレーシアで科学や生物を学ぶプログラムに参加したのだ。

私の頭はかなりの文系脳で、プログラムの内容は全く興味がなかった。

ただ、アメリカに行った子たちに「経験」という軸で負けたくなかった。

今思えば、私は「英語」とか「海外」とか、そういうことに関してどこまでも負けず嫌いだったのだと思う。誰よりも英語ができていたいし、誰よりも海外での経験を積みたかった。

だから人と比べてよく不幸な気持ちになっていた。

Go to Malaysia

マレーシアでは、大学でヘビやネズミのホルマリン漬けを観察したり、森の中でチンバンジーを見たり、植樹したり…日本では経験したくなかったことも興味のなかったことも、意外に刺激的で興味深かった。

訪問先の大学で出会った人がいる。Nikaという4つ上の大学生だ。

バスから降りた順に、外に一列に並んだマレーシアの大学生とペアになっていく。私は名前も知らないその女子大生を見たとき、一目惚れした。

恋に落ちた訳ではない。何か、運命的なものを、直感的に感じた。

その子とペアになれるようにバスの中で自分の順番を変え、「たまたまペアになれた」感を装った。

ことばとか、国とか、年齢とか、関係なく、私たちは一瞬で親友になった。何をもって親友というのかはわからないが、「親友だ」と思った。

私たちは他のグループから離れ、ホイップのたっぷりかかったチョコレートドリンクを飲んで、ホイップのたっぷりかかったチョコレートケーキを食べた。

マレーシアで一緒にいた時間は全然長くないし、一緒にしたこと言えばそれくらいだ。

でも私にとっては海外で「親友ができる」という経験を初めてした。親友ができることで、その国が特別に見えるし、もっと知りたくなるし、自分の見聞が格段に広がる。他の国で知り合ったホストファミリーや友達など、そのような関係も大切だが、「親友」はまた何か違った。

Meet again in Singapore

4年後、私がNikaと出会った年齢になった時に、シンガポールに拠点を移したNikaに会いに行った。

昨日も会った友達のように再会し、自分たちの街のように歩き、全力で馬鹿なことをたくさんした。

私は正直アメリカ行きの選考に落ちて本当に良かったと思っている。

失敗することでこんなにいい結果が待っているとは夢にも思わなかった。

失敗や挫折した時は確かに悲しい。プライドも傷つく。でもそんなことはざらにある。

大事なことは、失敗や挫折をしても、それを受け入れて立ち直って、これで良かったと思えるまでのスピードなのではないかと思う。つまり落ち込んでいる暇はない、ということだ。

高校生に学んだことが今も活きているなんて、高校生ながらいい経験をしたものだと思う、、、!



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