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9月チェロレッスン①:先生のチェロはオケの音。

ヘッダーは、大学工学部跡地にできた石川県立図書館。同窓会でも話題になったので行ってみた。
とってもステキな建築。一日過ごしてみたい。

           ★

仕事が長引いて、レッスンへ行くのが遅れた!
私以外の生徒はもうとっくに終わっていて、先生が待っているはずだ。

「遅れて、スミマセン!」
汗だくでレッスン室に飛び込んだら、先生電話中だった。

手振りで「準備してて。」と言う。

私は電話の邪魔をしないように、静かに楽器を出す。

レッスンに使う道具を全部出して振り向くと、先生はいつの間にか電話を終えていて、私をじーっと見ていた。
私は気まずくて「…何ですか。」と言った。

先生、ニヤリとして
「お前が静かだと不気味だな。」
と言った。

めちゃくちゃ失礼だ。

「せっかく金沢土産持ってきたのに。」
私は袋をチラつかせる。
「あ!加賀麩不室屋のおすまし!」
「センセの好きなヤツですよ〜。」
「最近金沢行ってないからなぁ。ずいぶん久しぶりだ。ありがとう。
金沢での演奏、どうだった?」

私は先週、出身大学オーケストラサークルの演奏会のステージに乗ってきた。

「とっても楽しかったですよ。あんな派手な曲ばかり、大学オケじゃないと弾けないですから。
一番の収穫は、チェロOBと現役生で作っているチェロアンサンブル団体の一員になれたことですね。ほら私、ヴィオラ奏者だったから。」

「それは良かったな。」

「でも、ちょっと問題もあって…。」

「?」

私,弓に松脂塗りながらペラペラしゃべる。

「演奏会後の打ち上げの席で一緒に飲んだ先輩たちのうち二人から告られました。
それから、帰りの北陸新幹線が遅れて、乗り換え時間に間に合わなくて、乗るはずだった新幹線に乗れなかったんです。途方に暮れていたところ助けてくれた人がいて無事帰ってこられたんですけれど、その人に猛烈に口説かれてしまいました。
食事に行きましょうとか言われましたけど、練習あるからって適当なこと言って逃げました。お持ち帰りされなくて良かったです…センセ!楽譜落ちましたよ。大丈夫ですか?」

先生、落ちた楽譜を拾いながら
「おまえは…一体なにやってるんだ?」

「何にもしてませんよ。そりゃあ、私も酔っ払っていたと思いますけど。帰りのはびっくりですよ。カンオケみたいなデカいケース背負った変な女に声かける人がいるなんて、思いませんでした。」

先生のまとう空気が冷えた…ああ、コレはマズイヤツだ…。

「お前は今だに三歩歩けば男を引っ掛けるのか?何もしてないって、大体お前は隙がありすぎるんだ。」

それから20分間お説教…。

「うー、わかりました…気を付けマス。」
「お前の気を付けるは当てにならないけど。相手に付け入る隙を与えるな。」
「はい…。」
って、具体的にどうすればいいんだろう??

           ★

気を取り直して、レッスン。

バルギール アダージョop.38。

あと3回のレッスンで仕上げなければならない。

「センセ、イッサーリスのCD聴きました。
この曲、ピアノとのデュオじゃなくて、チェロコンチェルトだったんですね。びっくりしました。」

先生「あれ?言わなかったっけ?」と言う。

「ほら、僕が見ている楽譜はスコア(総譜)だよ。」

先生、譜面台の首を回して、楽譜を見せてくる。
ほんとだ、スコアだ。
一方、私が見ているのは、チェロのパート譜である。

「どおりでところどころ難しい見せ場があるわけですね。」
「ピアノ版は後から作ったみたいだね。
でもさー、この曲、ちょっと未完成っぽいんだよね。詰めが甘いというか。何でこうなるんだよ、と思う部分がある。例えば77小節、EGDAEの16分音符。」

ふんふん。

「装飾的に入ってるだろ。そう、コレ結構難しい部分だよね。この装飾のおかげで次のエスプレスが入りにくい。
僕だったらこうするな。」

先生、私が苦労しているフィンガリングが跳躍する部分も難なく弾いてみせる。そして、問題の装飾部分もスッキリとしたものにしてみせた。

「このほうが表現が飛躍しないし、エスプレスへの繋がりも自然だと思うんだけど。」

なるほど〜。

「センセ、いっそ、そういうふうに書き換えちゃったら?私もその方が弾きやすいし。」

先生、首を振る。

「そういうわけにはいかないよ。カデンツァじゃないんだし。楽譜どおりに弾いて。」

そうですか。

「じゃ、始めるよ。
前回は64小節までやったっけ?今日は最後まで弾くよ。
繰り返し記号はどうする?省略する?全部弾く?」

曲が長いので、繰り返し部分は本番でも弾かなくて構わないと言われていた。

「全部弾きます。繰り返した方が表現の幅が広がると思うので。」

先生、うなずく。

「夜がそう考えるなら、それでいいよ。
今日は伴奏入れるよ。」

先生、ピアノではなく、チェロで伴奏を始めた。

チェロで伴奏できるの?!
…ほんとだ。できるんだ。音域の広いチェロだから可能な芸当。
先生のチェロからは、オーケストラの音がする…。

聴き惚れている場合ではない。
私は出だしからたっぷりビブラートを効かせた。

「…ここからピコ・ピウ・モッソ。でもって、エネルジコだよ。もっとリゾルート!66(小節)からレガート、レガート…72からコン・フォルツァ!」

伴奏しながら、私に指示してくる。スゲー…。
私なんか自分のパートを弾くのに精一杯だ。

「最後はソステヌート…そう。それでいい。」

はー…疲れた。

「じゃあ、今日初めてやった後半部分からさらうよ。フィンガリングはどうやってる?」

私は後半部分から弾いてみせた。

「ああ、僕と大体同じだね。75小節、DからFisは1、1で飛ぶの?」
「飛ぶと音は取りにくいけど、そうすると次のHとGが取りやすいですから。」
「ああ、なるほど。それでいいよ。」

その後、前半に戻って拍の取り方を再確認して終了。

私が本日最後のレッスンだったため、お説教分、時間を延長してくれた。

片付けながら、先生
「うん、後半も大体できてる。曲の構成も理解してるね。これなら間に合いそうだ。」
「ホントですか?!良かった〜。」

大学オケの序曲1812が難しく、練習に時間を食ってしまったため、バルギールに多くの時間を割けなかった。
大学オケが終わったし、所属のオケも今はお休みしているから、ロビコン曲は除くとして、これからは集中して練習できるはずだ。

「じゃあ、また。お土産ありがとう。」
「おやすみなさい。」
先生と私は、暗い夜道を南北に別れた。

あー、夕飯まだだった。
センセ誘って食べに行けばよかった。
家に帰って、私も不室屋の味噌汁を食べよう。





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