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物語のタネ その六 『BEST天国 #46』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「足の爪が伸びない天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィス―――
彼の淹れてくれたコーヒーを一口飲む宅見氏、何かを思いついたよう・・・

「ふと思ったのですが、天国コンシェルジュ、ってお給料出てるんですか?」
「出ていますよ」
「出てるんですか⁈」
「勿論、出ていますよ。買いたいものとかありますからね」
「そう言えば、以前、プロレス誌取り寄せていましたね」
「ええ。コンシェルジュは天国エリアにいますが、どこかの天国に住んでいるわけではないですから。お給料頂いています」
「ちなみにお幾らくらい?」
「それは言えませんけど、不自由はしていませんよ」
「羨ましいな」
「宅見さんもお給料制でしたよね、生前は」
「サラリーマンでしたから。しかし、羨ましい。私なんかいつも金欠でしたよ」
「お金は悩ましいですよね」
「その通りその通りです、悩ましかったですよ」
「ん?そうなるとあそこいいかも」
「どこですか?」
「いいからいいから、まずは行ってみましょう!」

いつもの如く真っ白な空間―――
しばらくすると、遠くからギリギリギリという音と、ヒャッヒャッヒャッという甲高い笑い声らしきものが聞こえて来た。
それを聞いてミヒャエル、
「あ、いらっしゃったみたいです」

音と声のする方を振り返る宅見氏。
薄めのティアドロップ型のサングラスをかけた恰幅の良い男性が、大きな大きなリールのついた釣竿をギリギリ言わせながら近づいて来た。

「ミヒャエルさん、久しぶり!今、釣り上げちゃうから、ちょ、ちょっと待っててね!うんぐあー」

叫び声と共にカジキマグロらしきものが3人の頭上を超えて飛んで行った。

「すみません、お待たせしました。今日は、なに?内見?」
「ええ。こちら、私がコンシェルジュを担当させて頂いている宅見さんです。宅見さん、こちら、ここの天国マネージャーのマッタカヒロキさん」
「宅見です。ヒロキさん、はじめまして。お見受けしたところ、こちらは釣り天国ですか?」
「ヒャヒャッ、違う違う。ここはね、“使っても使っても減らない財布“天国よ」
「使っても使っても減らない財布⁈ってことは超お金持ちってこと⁈」
「いやいや、お金持ちっていうのとは違うのよ」
「?」
「宅見さん、生前、給料日前ってどうでした?」
「それは、もう金欠です。ラーメン食べたいな、と思っても、じゃんがららーめん行くのは我慢して、家でサッポロ一番作っていました」
「なるほど。ところで宅見さんはサッポロ一番嫌いですか?」
「いや、それが好きなんですよ。サッポロ一番はサッポロ一番で、これまた美味いですからね〜」
「じゃんがらも美味いし、サッポロ一番も美味い」
「その通りです!」
「となると、“お金無いからサッポロ一番“って感覚、要らなくない?」「⁈」
「普段の生活の中にいっぱい幸せになれることがあるのに、“お金のことを気にしないといけない“っていうことがあると、それが見えなくなったり濁ったりするのよ」
「!」
「日常生活を送る中で、お金のことを気にしなくていい状態になれるってのがこの天国の醍醐味なのよ」
「なるほど」
「だから、生きていた時の生活レベル以上にはならないのよ」
「お金が湯水のようにあって、フェラーリとか買えちゃうわけではないんですね」
「宅見さん、生きている時、フェラーリ本当に欲しかった?」
「いや、そう言われると・・・」
「自分にとって本当は必要でないものも買えるお金があるってのは、それはそれで日常の幸せを感じる心を曇らせるものよ」
「うーん、確かにそうかも」
「どう、宅見さんもお金のことを気にしないで、自分の人生、自分に合っていた人生をもう一度改めて味わうってのはいいものよ」

目を瞑り、うーんと唸る宅見氏。
やがて、
「素晴らしいと思うんですけど、すみません」
「あら?」
「とっても素晴らしいな、とは思うんですけど、折角だから全く違う想像もしなかったような天国がいいなっていう誘惑が断ち切れないんです・・・」
「うん、うん、宅見さんは、まだ若いからその気持ちはあるよね、うんうん」
「はい」
「それはそれでいい事。ピッタリの天国が見つかるまで妥協しちゃダメよ」
「はい!ありがとうございます。あの、一ついいですか?」
「? どうぞ」
「ヒロキさんは、釣り、あれが日常だったんですか?」
「ああ、そうよ。世界を釣っていたからね、ヒャヒャッ」

人によって様々な日常があるのだな、と改めて思った宅見氏であった。
さて、次回はどんな天国に?






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