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物語のタネ その伍『宇宙料理人 #5』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に、食事を作るのが俺の仕事だ。

昨日は宇宙に来てからの初ディナー。
日本式バーベキューポーク?「豚肉の生姜焼き」を作ってみたところ、フェルナンド、ソムチャイ、ゲイリーの3人の宇宙飛行士達には、概ね好評を得る事が出来た。
彼らとは2年間にわたり訓練を一緒にしたので、色々と分かり合えてはいると思っているのだけど、俺の作った料理を食べるという訓練は無かったから、まあ、昨日が初体験。
ある意味、訓練開始といったところだ。
お互いに。

「マサ、昨日のジャパニーズバーベキューポーク、美味かったぜ」
朝のトイレから浮遊しながら戻ってくる途中、スペイン系アメリカ人で人生において大切なものの一つがBBQというフェルナンドがラボから顔を出して声をかけてきた。
「サンキュー。そう言って貰えると嬉しいよ、これからも頑張るぜ」
ISSの業務は朝7時から夜の7時までの12時間だ。
それこそ分刻みのスケジュールで動いている。
が、それは宇宙飛行士の皆さんのスケジュールであり、俺は、昼間は、特に午前中は暇なのだ。
ということで、フェルナンドのラボにそのまま入っていった。
フェルナンドは何やらライトを調整していた。
「何やっているの?」
「ん、これか。植物を育てる為のLEDライトを調整してたんだよ」
「へー、何を育てるんだい?」
「そうね、これまで宇宙ではレタスにイチゴにニンジン、ジャガイモと色んな野菜を育ててきているんだぜ。料理人として、マサは何を育てて欲しい?」
「え、俺の希望で決めていいの?」
「いいよ、秘密にしておくから」
フェルナンドが両目をつぶってニコッと笑う。
きっとウィンクしたつもりなのだろう。
いるな、ウィンク出来ない人。
結構本人は気付いていないらしいから、ここは日本人らしく武士の情けで、黙っておこう。
「レタスかな、やっぱり葉物はフレッシュ感が命だから」
「オッケー、作っとくわ、こっそりな」
また両目をつぶるフェルナンド。
これもきっと、、、黙っておこう。
「ちなみに、宇宙では3倍のスピードで育つからな、野菜は」
「え、そうなの⁈」
「そうなんだよ」
宇宙ってすごいな。
フェルナンドの仕事の邪魔をしていけないな、と思いつつ、これといってやることのない俺は、もうしばらくここにいることにした。
「ところで、そう言えば、なんでフェルナンドは生物学者になったの?」
「そうか、そういう話はしたことなかったな」
LEDライトの調整をしている手を止めて、フェルナンドがこちら向いた。

「火星に行くためよ」

「火星に?」
「そう、火星に。火星って、昔は火星人がいると言われてさ、ほら、タコみたいなのが立っていて、一番身近な宇宙ロマンな星じゃないか」
「そうだね」
「それで、子供の頃の私は火星に夢中になってしまったのだよ。いつかあの星に行って宇宙人に会うんだとね」
「ふふ、かわいいね」
「うん、そうだな。そして、マサも知って通り、人類は、もう何度も火星探査機を送り込んでいる。そうして火星のことも色々と分かってきたが、それは当たり前だが、火星の全てが分かったということとは程遠い。何せ、この地球のことだって人類にとってはまだまだ謎だらけなんだから」
「確かにね」
「となると、やっぱり行って確かめないと、と思うだろ」
「そうだね。それはフェルナンドだけでじゃなく、人類の願望でもあるよね」
「そう、既に探査機は送り込めているんだから技術的には可能なんだ。だが、まだどうしても超えられない課題がある」
「ん、なんなのそれは?」
「エネルギーだ」
「エネルギー?」
「マサは、火星に行ったら地球に戻って来たいだろ?」
「そうだね、行ったっきりは、やっぱヤダね」
「そうだよな。今の技術で火星に行って地球に戻ってくるまでには3年かかると言われているんだ。その間、宇宙船を動かす為のエネルギーがなかったら地球に戻って来れない。これが第一のエネルギー問題」
「え、それだけじゃないの?」
「もう一つ肝心なものがあるだろ」
「え、何?」
「人間の為のエネルギー、食べ物だよ」
「あ、そうか」
「そう、火星に行くには、宇宙船の中で自給自足が出来なければならないんだ。つまり、宇宙農業、宇宙養殖の確立が火星行きには欠かせないんだよ。そして、それが出来れば、火星だけじゃなく、もっとその先の星へと道は広がっていくんだよ」
「じゃ、火星に人類が行けるようになる為に生物学者になったの?」
「そう。マサ、食べるとはどういうことだ?」
「食べるとはどういうこと?え、なんだ?生命の維持?」
「食べるとは、何かの命を貰うということだよ。そう、食べ物はどれも何かの命なんだ。だから命、生物のことを知らないと食べ物の問題を解決出来ないと思ってね」
「で、生物学者になったと」
「そう」

すごいね、フェルナンド。
食べることは命を貰うこと、確かにそうだ。
料理人をやって来たから、なんとなくそういう意識は無くはなかったけど、まあ、正直意識してはいなかったな、俺。
火星に行く為に、宇宙農業、宇宙船の中で新鮮な野菜が採れたら、俺達、料理人にとっては助かるよね。
で、そんなフェルナンドの話の中で、一つだけちょっと気になる言葉があって、、、

「フェルナンド、宇宙農業のことは分かったんだけど、もう一つ、宇宙養殖って言っていたけど、あれって何?」
少し、ニヤリとしてフェルナンドがプラスチックのパックを開けた。
覗いてみると、小さな白い粒が、、、

「コオロギ」

「えっ⁈」
フェルナンドが、また両目をつぶった。
出来てないって、ウィンク。


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