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物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#27』

「皆で100人のゾンビにアタシの血を注入するのよ!」

ニヤリと笑うドラキュラ会長。

「うちの社員にゾンビに噛まれた人の血を吸い出すだけじゃなくて、ボーイの肉を食らったゾンビ100人を噛んでアタシの血をその身体に入れ込むのよ」

「なるほど!」
ハールマンさんが大きく頷く。
村田さんも、僕も。
「え⁈どういうこと?」
尾神さんはひとり頭の上に?マークが浮かんでいる。
「会長の血がゾンビの体に入り、そこで遺伝子レベルでボーイと戦う。ある意味、遺伝子工学における遺伝子操作ですね。ただ、もっと精神世界に入り込んだ戦いかもしれませんが・・・」
ハールマンさんが解説する。
「因みに、会長。これまでご経験は?」
「あるわけ無いでしょ。ボーイが仲間のゾンビに体を食べさせたのだって初めてなんだから」
「それはそうですね」
「でも」
「でも?」
「血が言っているのよ、そうしろと。昔から“血が騒ぐ“とか言うじゃない。血はとてもスピリチュアルなのよ。アタシたちヴァンパイアは血によって生きている。そもそも、ヴァンパイアが生まれたのもイエスの血をアタシが飲んだからだし。全ては血によってもたらされ、血によって繋がって行くのよ。だから、きっと大丈夫」

そういうドラキュラ会長の顔は何故かとても清々しく見えた。
何かの真理に辿り着き、決意を固めると人はこんな顔になるのかもしれない。

「さあ、準備に入るわよ」

ドラキュラ会長の号令に皆大きく頷いた。


ハロウィン当日の朝―――

倉庫の部屋に100人のゾンビたち。
そこにボーイの姿は勿論無い。
だが、全てのゾンビの魂、精神の中にボーイは存在している・・・。

ついに、この日が来た。
待たせたな、仲間たちよ。
1500年前の借りを返す時が来た。
あの時は存在さえ知らなかったこの島国から、我らの新たな世界が始まるのだ。
しかし、こんな名も知らぬ最果ての島国で、ゾンビがこんなにも人気が出ていたとはな、時代の流れとは不思議なものだ。
やっと人類がゾンビに追いついた?ということか。
まあ、いい。
どちらにしろ、これから皆ゾンビになるのだから。
しかし、気掛かりなのは、ドラキュラのやつだ。
あいつの部下がここに来た後はこれといった動きは無い。
ただ、あいつのことだ、きっと何か策を考えているはずだ。
だが、今回は1500年前とは違う。
こちらは有無を言わさない実力行使だからな。
止められるものなら止めてみろ、だ・・・。

同じ頃―――
ブラキュラ商事の大ホール。
席は世界中から集まったブラキュラ商事の社員、つまりはヴァンパイアによって埋め尽くされている。

想像はしていたが、会場を見回すと、実に様々な人種のヴァンパイアがいた。
1500年かけて世界中にヴァンパイアの輪を広げて来たんだな、ドラキュラ会長。
改めて僕は感心した。

会長が壇上に現れた。

「ブラキュラ商事の社員の皆さん、世界中から集まってくれてありがと。ついに人類をそしてヴァンパイアの存続をかけた戦いの日が来たわ。この戦いの全ては、今集まってくれたアナタたちにかかっているの」

会場の空気がピーンと張り詰める。

「アナタたちに課せられた任務は2つ。1つはゾンビに噛まれた人間からゾンビの血を吸い出して、人間がゾンビになるのを防ぐこと。そして、もう1つは」
会長は一旦言葉を切って、会場をゆっくりと見回す。

「ゾンビたちを全滅させること」

会場に重いどよめきが広がる。
それはそうだろう、僕をはじめ、ここにいるヴァンパイアは誰一人として本物のゾンビに会ったことは無いどころか、そのほとんどは、実際に存在していることさえ知らなかったのだから・・・。
ドラキュラ会長はそんなどよめく会場を再びゆっくりと見回す。

「じゃあ、その作戦を発表するわね」

会場のどよめきが瞬時に止んだ。
皆、会長の言葉を待つ。
その唇に集中する。

「アタシの血を皆でゾンビに注入するのよ」

今度はどよめきが起きない。
会場はシーンとしている。

そんな静けさの中、会長が作戦の説明を始める。
血の持つ意味、その歴史、そして今回の作戦に至った訳を・・・。
その言葉にじっと聞き入る世界中から集まったヴァンパイアたち。
それは作戦の説明を聞くというだけではなく、自らのアイデンティティを理解する時間でもあった。

「以上よ」

ドラキュラ会長の話が終わった。
会場にいるヴァンパイアたちの顔は皆、使命感に燃えている。
その空気を感じ取ると、ドラキュラ会長は満足げに笑みを浮かべた。

「じゃあ、作戦準備開始よ。さあ、並んで一人ずつアタシの血を吸いなさい!」


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