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物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#2』

僕の名前は、勇利タケル。
血液商社「ブラキュラ商事」の新人吸血鬼社員である。
かの有名なドラキュラ伯爵の様に、吸血鬼がそれぞれ個人で人の血を吸っていたのは遥か昔の話。
医学の進歩により、街角の献血カーでは間に合わなくなった人間の血液需要に応える為に吸血鬼が吸った血を人間に売り、その報酬を血で貰うというビジネスが成立。
その最大手が、この「ブラキュラ商事」。

その入社初日 ―

僕のバディとして紹介されたのが、今目の前にいるベテラン吸血鬼“尾神高志“さんだ。

「はい、お水です」
「おー、サンキュー」

尾神さんは二日酔い。
昨夜ブラディメアリーを飲み過ぎたそうだ。
ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む尾神さん。
こんなに美味そうに水を飲む吸血鬼は初めて見た。

「ふー。それで、新人。お前もフリーでやってたクチか?」
「はい。でも、ちょっとキツくなって」
「最近、厳しくなっているからな。吸血許可証の更新」

人間界と吸血鬼界がビジネス契約をするにあたって、無用なトラブルを避ける為に「吸血許可証」なるものが発行される。
これは、1年毎の更新制で会社に属していれば更新手続きは会社がやってくれるのだが、フリーとなると中々更新が厳しくなってきているのだ。

「尾神さんはもう長いんですか?ブラキュラに入って」
「出来た時からいるから100年くらい」
「最初はどうだったんですか?」
「最初は、世界中の吸血鬼から総スカンよ。基本的に吸血鬼は2000年間みんな個人事業主でやって来たからな。会社に、しかも人間の為に働くなんて、と」
「大変そうですね」
「社会的理解を得られないベンチャー企業って感じだったからな。ただ、それまでの進歩のスピードとは比べ物にならないくらいのスピードで人間界が進歩したのよ。それに伴って、オールドスタイル吸血鬼ではやっていけない状況になってな。夜の明るさひとつとっても。そこから急成長」
「今じゃ、世界的企業ですものね」
「やってることは血吸って売って、で変わらないけどな」
「僕も頑張ります」
「おう、じゃあ、ちょっくら今日の営業行くか」

時刻は夜の8時。
僕は尾神さんについて外に出た。

吸血行為には、いくつかのルールがある。

一回の吸血量は400ml。
そして同じ人から吸血する場合は4週間間を空けること。
妊婦や体調の悪い人からは吸血禁止。
などなど。


基本は日本赤十字社の献血ルールと同じだ。

吸血行為に至るまでのアプローチは吸血鬼それぞれで、そこが各人の腕の見せどろではあるが、やはり一番オーソドックスなのは“惚れさせる“こと。

しかし、人間には感情があるから、やはり他の女の血を吸わないでってことで揉めることに。
かと言って、同じ女性の血を毎日吸ったら死んじゃうから・・・。
仕事だから仕方ないだろと言ったところで納得解決するわけではなく・・・。

そんな人間と吸血鬼の恋のトラブルを防ぐ為に、僕達が吸血をするとその吸血鬼に関する記憶が失われる仕組みになっているのだ。

吸血したら恋は終わり。

ちょっと切ないけれど、人間と吸血鬼双方が共存共栄していくには仕方が無い。

「ここだ、行くぞ」

尾神さんが立っているのは、新宿の繁華街の飲食ビルの前。

「今日は、ここのアケミちゃんにカプっといっちゃうから」

尾神さんについて3階へ。
ドアを開けると大音量でカラオケが。

「いらっしゃーい、尾神さん、待ってたよー」
「アケミちゃん、今日も可愛いねー、こいつ、うちの新人」
「勇利です」
「アケミです、よろしくお願いします!」
尾神さんは常連らしく、奥のボックス席に案内された。
「アケミちゃんは役者志望で頑張ってるんだよ」
「そうそう。尾神さん、今日ホラー映画の撮影に行って来たのよ!」
「それは、すごい!ハリウッドデビューももうすぐだね」
などという感じで座は盛り上がり、帰る時間に。

店の外まで見送りに来たアケミさんをハグする尾神さん。

そして、アケミさんの首筋にスッと唇を当て・・・

「やだ、尾神さん、くすぐったい」
嬉しそうなアケミさん。

スッと唇を離す尾神さん。

「楽しかったよ、また会いましょう」

そっとつぶやく尾神さん。

「いくぞ、勇利」

ポーッとしているアケミさんをその場に残し、僕達は夜の雑踏の中に入って行く。
その姿は、アケミさんの記憶と同じように紛れて、そして消えていく。

しばらく歩いて、ふと、横にいる尾神さんを見ると何やら深刻な顔をしている。

「どうかしたんですか?尾神さん」

立ち止まる尾神さん。

「変だ」
「何がですか?」
「アケミちゃんの血、変な味がする」
「え?」
「勇利、会社戻るぞ」

尾神さんはケータイを取り出した。

「もしもし、尾神です。研究所のハールマンお願いします。至急調べたいことがあるんです」

何が起こったんだ?



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