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物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#32』

渋谷のスクランブル交差点―――

ハチ公サイドにはゾンビが100人。
センター街入り口サイドには僕たちヴァンパイアが、50人ほど。

スクランブル交差点の歩行者用信号が青に変わる。
人の波が一斉に動き出す。
ゾンビたちがこちらに向かってやって来る、ヨタヨタと。
そんな奴らに向かって、僕たちはダッシュ。
この交差点で全てのゾンビに吸血ならぬ注血、ドラキュラ会長の血を注入するのが僕たちのミッション。
与えられた時間は47秒。
この交差点の歩行者用信号が青になる時間。

腕につけたゾンビセンサーを頼りに確実に本物のゾンビを選ばなければならない。
しかし、さすがハロウィンだ、交差点がゾンビだらけ。
僕のアップル製ゾンビセンサー特化型ウォッチが反応する。
斜め右前の男。

こいつだ!

両肩をガシッと掴む。
突然肩を掴まれた男は、一瞬驚いた、ような顔をした、気がする、多分、ゾンビはリアクションが薄いな、、、。
僕は掴んだ肩を引き寄せると、男の首筋に噛み付いた。
渋谷のスクランブル交差点で、男が男の首筋に噛み付いている。
普段なら事件ものの光景だろうけど、今日はハロウィン。
男の隣にいた、これまたゾンビメイクの女子二人組が明るくキャッと声をあげて胸の前でパチパチパチパチと拍手をしている。
ゾンビの首筋に噛み付いた僕は、すかさず体の中の血液袋ー普段は吸血した血を溜めて置いて本部まで運ぶ為のものーに入っているドラキュラ会長の血を注入する。
頭の中に、数え切れない程多くの小さなドラキュラ会長が、続々と自分の歯を通してゾンビの血管の中に入っていく映像が浮かぶ。
ちょっとおもしろ不気味だ。

注入が終わって歯を抜き、肩を掴んでいた手を離す。
ゾンビがこっちを見ている。
その表情ははっきり言って読み取れないのだが、多分、ちょっとびっくりしている。
横にいて小さく拍手をしていた女子2人が、今度は私たちね、という感じの視線を僕に送って来ているのは無視して、まわりを見回す。
スクランブル交差点の中のあちこちで、ヴァンパイアがゾンビに噛み付いている。
なぜ僕たちがゾンビに噛み付いているのか、その理由を知らない若者たちが驚きと共にその光景に盛り上がっている。
モブだと思っているのかもしれないな・・・。
おっと、そんなことを考えている暇は無い。
僕たちに与えられた時間は47秒しかないのだ。
この場で1人でも取り逃したら、その後の追跡はかなり困難だ。
渋谷中、マジでゾンビだらけだから・・・。
1,500年前のヴァンパイアvsゾンビ。
どちらが人間と共存するか総選挙の時は、ドラキュラ会長のイケメンプロモーション戦略によって勝利を得たヴァンパイア軍団だけど、時が経って今は圧倒的にゾンビの方が人気があるよな。
時代とトレンドは変わる、僕たちも過去の成功と既得権益に甘んじていてはいけない、ということだ。
この戦いが終わったら、ヴァンパイアのリブランディングのプランを出すことにしよう、若手社員としての自覚が僕の中に生まれて来た。
が、ともかく、今は次なるゾンビへの注血をしなければ!

センサーが反応する。
左斜め後ろだ。
僕はすかさず振り向くと後ろからそのゾンビの肩を掴んだ。
そして右肩の付け根に歯を立てる。
ドラキュラ会長の血を注入。
あっという間だ。
2回目にして慣れて来たな。
歯を抜いて顔を上げると、歩行者用信号の青が点滅している。
周りを見回す。
ブラキュラ商事の社員ヴァンパイアたちが皆互いに視線を交わす。
僕は2人のゾンビに注血完了の合図として、親指を立てる。
次々と皆が親指を立てる。
スクランブル交差点のちょうど中央に尾神さんがいた。
皆が親指を立てるのを確認すると大きく頷いた。
それを合図に、僕たちは皆センター街の入り口サイドに移動する。
入り口付近に戻ると同時に、歩行者用信号が赤に変わった。

100人のゾンビへドラキュラ会長の血の注入完了。

あとは、任せました、ドラキュラ会長。

ブラキュラ商事、会長室―――

「会長、100人のゾンビに注入完了です」
ハールマンが報告する。

それまで腕を組んで目を瞑っていたドラキュラ会長が目を開ける。

「さあ、ボーイ、いよいよ久しぶりにあなたに会えるわね」



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