物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#39』
僕が掴んでいたゾンビの体がブルっと震えた。
と思うと、ゆっくり踵を返して渋谷駅の方に向かい出した。
周りを見ると、他のゾンビも同様にスクランブル交差点を渡り、駅に吸い込まれて行く。
「終わったな」
尾神さんがふっと息を吐きながらつぶやいた。
え?
僕は尾神さんの方を振り向く。
「ゾンビたちがどこに行くのか、それは会長しかわからないけどな」
夕暮れが迫り、これからますますハロウィンが盛り上がるであろう渋谷を後にする。
100人のドラキュラが次々と手を挙げてタクシーに乗り込む。
さすが、ハロウィンナイト。
タクシーも何の疑問も抱かず停まってくれる。
僕は尾神さんと一緒にタクシーに乗った。
会社に戻りながら窓から街を眺めると、ドラキュラよりもゾンビの数が圧倒的に多い。
なんか、ちょっと悔しい・・・。
会社に着くとエントランスにハールマンさんが待ち構えていた。
「おかえり」
「おう」
尾神さんが軽く片手を挙げて応える。
「会長は?」
「ああ、寝ているよ」
「珍しいな」
「さすがに疲れたんだろ」
「血、かなり吸い出したものな」
「いや、それは大丈夫そうだ」
「あ、あれか。ボーイとの精神世界での戦いか。俺たちじゃ想像がつかんが」
「どうやら、それも大丈夫みたいだ」
「じゃ、なんだ?」
「笑い疲れだな」
ハールマンさんによると、ハールマンさんが追加の吸血をドラキュラ会長の脇腹からしている間、笑い過ぎて3回腹筋が攣ったそうだ。
「本当に腹がよじれるってこういうことなんだな。初めて見たよ」
くすぐったいけど腹は攣って痛い。
でもくすぐったい。
ウヒひゃひゃひゃ、や、イタ!
イタタタ、ウヒャひゃ、と。
想像するだけで・・・おもしろい。
ハールマンさんは何度も中断しようとしたそうだが、その度にドラキュラ会長は、絶対に許さなかったそうだ。
ふと周りを見まわすと、先ほどまで渋谷で一緒にいたブラキュラ商事の社員―ヴァンパイアたち―がそれぞれスーツケースを転がしながら社を出て行く。
皆、それぞれの国に戻るのだ。
「うちの社員たちはマジメだね〜」
尾神さんがちょっと呆れた、それでいて嬉しそうに言う。
「世界各国、今この瞬間も新たな血を必要としている人がたくさんいるからね」
「そうだな」
僕たちは人の血を吸う。
勿論そうしないと生きていけないからだけど、それが人々を救うことに繋がるというのは、やはり嬉しいし誇らしい。
「さて、勇利、俺たちもお勤めに行くか」
尾神さんが僕の肩をポンポンと叩く。
「え?今からですか」
「え⁈って、お前、今日は何の日か分かってるだろ」
「今日ですか、えっと、ハロウィン!」
「そうだよ」
「あ!」
「そう、1年で唯一街中で堂々と噛み噛み出来ちゃう日なんだよ」
僕の脳裏に、渋谷でゾンビを噛んだ時の隣にいた女の子たちの歓声?嬌声?が蘇る。
「さあ、街が俺たちの牙を呼んでいるぜ」
「いや、今日は」
「なんだよ」
僕の視線を尾神さんが辿る。
「お、そういうことか」
尾神さんがニヤリとして言った。
「はい」
「しっかり誘えよ」
尾神さんがグーパンチで僕の肩を叩く。
「イテッ」
「じゃあな」
「はい!」
僕は、エントランスから外に出ようとしている村田さんに向かって駆け出した。
(吸血鬼尾神高志の場合 完)
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