見出し画像

物語のタネ その六 『BEST天国 #44』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「全世界の人と言葉が通じる天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィスの朝―――
テーブルに座る宅見氏の前に、自分で淹れたコーヒーを置くミヒャエル。
宅見氏は両手でマグカップを包み、目を瞑って一口。

「あれ、ミヒャエルさん、いつもと違う味ですね」

お!っという顔して、
「わかります?実は豆、変えてみたんですよ」
「そうなんですね、これも美味しいな」
「毎回一緒だとつまらないでしょ、いくら美味しくても」
「つまらなくはないですけど、色々飲めるのは嬉しいですね」
「珈琲は豆の違いもありますけど、同じ豆でも産地が違えば味も違いますし、焙煎の仕方、豆の挽き方、淹れ方だって色々とありますからね。何と言っても淹れる人の腕というのもありますから、もう組み合わせ、味のバリエーションは無限大ですよ!」
「深いし広いですね。楽しそうだなぁ」
「宅見さん、引き続きご賞味頂けますか?」
「勿論です!めちゃ楽しみです」
「嬉しいです!ん?こんなに喜んで頂けるということは・・・」
「どうしました?」
「宅見さん、お酒飲まれましたっけ?」
「はい、好きです。ただ、弱いですけどね」
「ならば、逆にピッタリかも・・・」
「なにが、ですか?」
「ま、とにかく行ってみましょう!」

いつもの如く白い空間―――
しばらくすると、遠くからシャカシャカという音が・・・。

「あ、やって来ましたね。こっちでーす!」

ミヒャエルが声をかけた先に視線を移す宅見氏。
そこには、めちゃイケメンの金髪男性が両手にカクテルシェーカーを1個、2個、3個、4個・・・。

「ミッ、ヒャ、へッ、ル、しゃ、ん、ど、」
「ビーチさん、ヘッドシェイク、止めて頂いていいですよ」
「あ、ふー」

ビーチさんと呼ばれた男性は頭を振るのを止めた。
同時に、頭の上の5つ目のシェイカーのシャカシャカもストップ。

「ごめんね、新しいカクテルのアイデアが次々に湧いて来ちゃうものだから」
「さすがです、ビーチさん。あの、ご紹介します。こちら、私がコンシェルジュを担当させて頂いている宅見さんです」
「はじめまして、宅見です。ビーチさん、こちらはどんな天国なんですか?」
「どうも、ビーチ・クルーズです。ビーチ、クルーズ。変なところで切っちゃダメですよ、ふふふ。あ、天国ね。ここは“ペロッとした途端に美味しさがわかるお酒“天国ですよ」
「ペロッとしただけ、で?」
「宅見さん、スイーツバイキング好き?」
「あの実は、好きです!」
「あれ、隅から隅まで全部食べたーいって思いませんか?」
「思います、思います。でも、お腹いっぱいになっちゃうから、いつも、あれを食べておけば良かったって反省ばかりです」
「ですよね。お酒は色々飲むの好き?」
「ええ、でも弱いんで色々と飲みたいんですけど、途中でよくわかんなくなっちゃうんです」
「そうよね。よくわかんなくなっちゃうよね。スイーツにしても、後半はもう美味しいんだかどうだか、正直わからなくなってきません?」
「スイーツ、確かにその通りです。スイーツもお酒も一口目が一番美味しいですよね」
「不思議ですよね、そのスイーツもお酒もそのものの味は変わっていないのに、お腹一杯になったり酔っ払っちゃうと、美味しさが半減したりわからなくなってしまうなんて」
「そうですね、もったいない気分になりますね」
「それは何故だと思う?」
「?」
「それは、質が量の呪縛から逃れられないからなんですよ」
「量の呪縛?」
「そう。量によって楽しみのレベルが左右されてしまうんですよ。食べ過ぎたり酔っ払い過ぎると気持ち悪くなったりするでしょ」
「なりますね」
「目の前にあるスイーツもお酒もそれ自体の美味しさは変わらないのに!」
「確かに!でも、それであれば、いくらでも食べられる飲めれるということで良いんじゃないですか?」
「ノンノンノン!それでは、単なる食いしん坊に飲兵衛でスタイリッシュじゃないんです!ここでは、質を量の呪縛から解放して、“質を楽しむ“ことに究極的にフォーカスして行くのです!どうですか、宅見さん、ペロッとワンダーランド!」

うーん、と考え込む宅見氏。
そのバックで、ビーチ・クルーズ氏の静かなシャカシャカというシェーカーの音が、時を刻んでいく。

やがて、
「すみません。踏み切れませんでした!」
「おっと」
「お話を聞いて、お酒の弱い自分にはとてもいいかも、と思ったのですが、その一方で、自分が本当にお酒が好きで色々と知っていたら、きっともっと楽しめるのにな、と思ってしまいまして。生きている時にもっと嗜んでおけば良かったです」
「そうですか、残念だな」
「すみません」
「いやいや、お気になさらず。では、宅見さんにピッタリの天国が見つかることを願って乾杯としましょう!」

頭の上に乗せていたシェーカーの蓋を開けて、その中身をグラスに注ぐビーチ・クルーズ氏。
その液体を覗き込む宅見氏。

「あの、この濃い緑色の液体は何ですか?」
「ワカメです」
「ワカメ⁈」
「さささ、飲んで飲んで、かんぱーい!」

さて、次はどんな天国に?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?