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エコロジカル・アプローチ@バレーボール【2/16】基本技術(オーバーパス)習得における「制約主導」

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【1/16】なぜ「エコロジカル・アプローチ」なのか?からの続きです。

前回、基本的な技術練習も「適切な制約を設定して練習環境をデザインする」という「制約主導アプローチ」であるべきことに変わりはないという考え方を述べましたが、今回は、具体的に「オーバーハンドパス」を題材として、「基本技術練習における制約主導アプローチ」について説明していきたいと思います。

そもそも技術を指導するとは

「正しいやり方を説明して、その通りにやらせる」ことではないし、技術を獲得するとは「正しいやり方を知って、その通りにする」ことではなく、「試行錯誤で自分なりの感覚をつかむ」ことです。「指導」とは「試行錯誤を導く」ことなのです。

書籍「エコロジカル・アプローチ」では、このことに関して次のような説明があります。

コーチングハンドブックに記載されている動作パターンや、その時々のエリートプレーヤーの運動をモデルとして、その運動を模倣させる指導方針です。このような模範は、ターゲット・ムーブメント、理想的運動、パーフェクトスキルなどと呼ばれ、学習者が模範に近づいていき、繰り返しそのスキルを再現できるようにするのが運動学習だと、伝統的アプローチでは考えます。これに対し、エコロジカル・アプローチやディファレンシャル・ラーニングの研究者たちは、「ターゲット・ムーブメントは存在しない」と結論づけています。あらゆる競技のトップアスリートたちを対象とする研究を積み上げてきた上での結論です。

植田文也. エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践 (pp.55-56). 株式会社ソル・メディア. Kindle 版.

また、同じく59頁には「人間は本質的にノイジーな存在」であり「運動には膨大な数のニューロンと筋繊維が関わり」「それらすべてを毎回同じように制御するのは不可能」と書かれています。つまり、「正しいやり方」を規定しその通りに再現するということはあり得ないことであり、その指導は「有効な試行錯誤が成立するように環境をデザインする」しかないと考えられるのです。

オーバーハンドパスの技術練習の例

このnoteでも【小学生のオーバーハンドパスは「持つ」のを大目に見るべきなのか?】というシリーズの第4回「小学生のパス練習で大切なこと」で、初心者の基本動作習得について書いていますが、これも【制約主導アプローチ】と捉えることができるので、今回はその観点で整理してみたいと思います。

一番難しいのは、ボールの動きを見て、その軌道とタイミングに自分の体の特定の部分を合わせる、つまり「ボールとの接点を見つける」ということです。それがかなり大変なようなら「飛んでくるボールを見えるところでとらえる」だけの練習として「投げてもらったボールを取る遊び」が有効かもしれません。「取る」以前に「触る」「たたく」だけの方がいい場合もあります。なかなかできないのであれば、そのこと自体を遊びにすることができます

次の課題として「ハンドリング」ということになりますが、その【動作原理】「手がバネになる」つまり、「手を適度な強さで固めて、何もしない」ということです。ボールが手に入って出ていくときの手の動きは受動的に起きるものなので、やり方を意識して能動的にやろうとしても上手くいかず、試行錯誤で「そうなる」感覚をつかみ磨いていくしかないのです。つまり、指導者はその試行錯誤の環境を整えるわけです。

具体的にはシリーズ2/4で説明した通りですが、

まず、「手の形が全くできていない」状態であれば、「手の形はこうだ」と教えるよりも「床に向かって両手でボールをつく」ということをやってもらい、「ボールにフィットした手の形」を自分で見つけていけるようにします。

ボールをつく「テンポ」をはやくしたり遅くしたりという「制約」の変化が役に立つかもしれません。両手の親指の間の距離とか人差し指の間の距離とかに注意を向けるというのも、「意識という環境の操作」と言えるでしょう。

もう少し上手くなってきて「たまにクリーンヒットすると、きれいにしっかり飛ばせるけど、普通にダブルコンタクトの方が多い」というような場合、「再現性を低くさせている要因は何か?」を観察し、考えてみます。

もちろん、いろいろな可能性があるからこそ観察が重要なのですが、再現性が低い一番の理由として「ボールをとらえる位置や姿勢が安定しない」ことがあります。しかし、「正しい姿勢はこうで、正しい位置はここ(オデコの前)」と言って教えるのではなく、「ボールをどこでとらえればどこに飛ぶか」をたくさん体験し、「思ったところに飛ばすにはどこでとらえればよいか」を探索することが重要です。

もう一つの大きな要素(動作原理)として「ボールに効率的に力が伝わる」ということがありますが、「思ったところに飛ばすにはどこでとらえればよいか」を探索するということは、「ボールを飛ばしやすいという状態」を探索することでもあるので、同時につかんでいくことができます。特に、床反力(床を押して床から返ってくる力)を感じることに意識を向けると、床から手までの力線(ボールに力が伝わるライン)を感じることができるようになっていきます。

「ボールに力が伝わるラインの感覚」をつかむために、「突きトス」という練習方法があり、そこでは「手を固め、肘、膝をあえて『使わない』で手から足までを1本の棒のようにし、足首の力で床を蹴る」という制約を加えます。これは、あえて使える関節を制限し、運動の「自由度」を減らして感覚をつかみやすくするということで、「このやり方がパスの理想」ということではありません。肘や膝を使うのは、この感覚をつかんでから取り組んだ方が簡単に上手くいくということです。

これらの探索のポイントは「有効な試行錯誤が成立するように環境をデザインする」ということですが、特に小学生のパス練習で問題になるのは「初心者同士でパス練習をすると、互いにコントロールができず、試行錯誤が成立するようなボールがなかなか飛んでこない」ことです。エコロジカル・アプローチで言えば「バリアビリティレベルが高すぎる」ということになるでしょうか。試行錯誤には「変動」が必須ですが、大きすぎてもダメなのです。初心者同士でパス練習をやる場合は、1人が投げて「相手の試行錯誤になるような球出しをする」といった「制約の調整」が必要です。

こうしてオーバーハンドパスが続けられるくらいになると、次に身につけたいのはセット(トス)に必要な「方向転換」の技術です。練習方法としては、「どこでボールをとらえればどの方向に飛ぶか」をつかむために、徹底的に試行錯誤を繰り返すことであり、「試行錯誤になるような球出しをする」といった「制約の調整」が鍵を握っているわけですが、次回詳しく解説したいと思います。

これができるためには、プレイヤーがどんな状態なのかを「観察」することが鍵を握っています。いろんな「制約」の引き出しを持っていることは役に立ちますが、「どんな制約の仕方がいいのか」ではなく、「現状に合っているか?」が全てと言ってもいいでしょう。「観察の目」を養っていきたいですね。

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【3/16】「変動をどのように調節するか」セッター練習の例に続く。

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バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。