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オーバーハンドパスとイップス(?)について

セットアップの基本を考える1~5
オーバーハンドパスのハンドリングについて1~3
小学生のオーバーハンドパスは「持つ」のを大目に見るべきなのか?1~4
と、オーバーパスのハンドリングについて書いてきましたが、ハンドリングの話題で避けて通れないと考えているのが「イップス」の問題です。

ボールが手に入って出ていくときの手の動き(受動的に起きる動き)を意識的にやろう(能動的動き)とはしない方がいい
ボールが手に入って出ていくときの手の動きは受動的に起きるものなので、やり方を意識して能動的にやろうとしても上手くいかず、試行錯誤で「そうなる」感覚をつかみ磨いていくしかない
ということを書いてきましたが、微妙な手の使い方こそオーバーハンドパスの究極のゴールと考えて、セッターは特に、精密なハンドリングにこだわって追求したくなる、そのことが「イップス(?)」の問題に大きく関わっていると考えているからです。

上級者になって微妙なハンドリングに集中していったときに、普通にトスを上げられなくなるセッターに何人も(5人以上)接してきました。単に緊張してミスが出るといったレベルではなく、かなり能力が高く経験豊富な選手が急に上げられなくなるため「イップスではないか?」と心配されるケースです。それらの経験から、どのように対応していけばいいか、私見を紹介していきたいと思います。

「イップス」とは何か?

イップスは、医学的には「ジストニア」という疾病(病気)の中で触れられています。

ジストニア患者の一部には,その発症に職業的な要因が関与している例があり,職業性ジス トニア(occupational dystonia)もしくは職業性攣縮(occupational cramp)と呼ばれている.しか し,必ずしも職業上の動作でなくても発症する例もあり,同じ業務に就く労働者すべてが発症するような狭義の職業性疾患とは異なるため,動作特異性ジストニア(task-specific dystonia)と 表現されることも多い . これは,一定の作業姿勢を持続する必要がある動作や,身体の一部を反復して使用する動作に従事している者に生じるジストニアであり,当該動作とジストニアを生じた部位との間に, 位置や動作における関連性が認められる.
 
Thompson は職業性ジストニアを発症した業種をまとめており,音楽家,スポーツ選手,専門職の職人のように細かい運動コントロールが必要な職業があげられている .ゴルファーが パッティング時などに腕が固まって動かなくなったり,ヘッドのコントロールが利かなくなった りする “yips” と呼ばれている病態も,少なくとも一部には同じカテゴリーに入るものがある

ジストニア診療ガイドライン 2018

「“yips” と呼ばれている病態も,少なくとも一部には同じカテゴリーに入るものがある」と説明されていて、「イップス “yips”」と「ジストニア」にはオーバーラップがあること、「イップス “yips”」には明確な定義がないことが推察されます。

八木孝彦氏(中央学院大学教授)のイップスの心理学というレビューでは「イップスは心身症である」という立場で説明され、対処法として認知行動療法が勧められています。

注:心身症とは

心身症とは、各科が対応する身体疾患の内、発症や経過に心理社会的ストレスの影響で機能的(器質的)な障害を伴った疾患群です。日常生活で仕事や対人関係などの心理社会的ストレスに無頓着や無自覚な場合に発症・悪化することが多く一般的治療では改善困難です。身体症状と心理社会的ストレスの間にある“心身相関”の理解を心療内科は重要視します。
その疾患群の中でも代表的なものとして、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、本態性高血圧、アトピー性皮膚炎、頭痛(筋緊張型頭痛、片頭痛など)、疼痛性障害などが挙げられます。
なお、神経症・うつ病などの精神疾患に伴う身体症状は心身症ではありません

国立精神・神経医療研究センターHP

一方、工藤 和俊氏(東京大学大学院准教授)は、イップスは「ジストニア」つまり脳の構造変化による運動障害(神経疾患)であり、心理的要因による「こころの病」(神経症)ではないと説明しています(こちらのサイトに分かりやすく紹介されています イップス(yips))。

それによれば、イップスとは「過度な同一動作によって意に沿わない動きが定着した状態で、それまで何ら問題のなかった一連のフォームが崩れ、崩れたフォームがそのまま定着し、新たに自動化された状態」です。イップスは脳の構造変化による運動障害なので、「制御感を取り戻すために医療、そして動作改善の介入(フォームの立て直し)が必要」になるとされています(イップスの原因)。イップスの原因は過度な同一動作であり、過度な局所意識と過度な局所修正が問題となります。

また、「イップス」と似て非なるものに「チョーキング」があり、イップスとチョーキングを混同理解しないよう注意が必要と強調されています(イップスとチョーキング)。

チョーキングは一般的にプレッシャーがかかった時に起きる”あがり”のことです。スポーツ心理学では「チョーキング」と呼んでいます。
「チョーキング」は、”分析による麻痺”とも言われています。所謂“動作を細かく考えすぎる”ことです。何らかのプレッシャーによって、失敗を怖がり意識的に「肩を・・、肘を・・、手首をもっと利かせて・・」といった余計な手順を踏み、丁寧過ぎる程チェックしながらマニュアル動作をしてしまう行為のことです。

イップスとチョーキング

私も含めて多くの人が「イップス」だと思っていたものは「チョーキング」(あがり)なのかもしれません。しかし、単に「あがって思うように動けなくなる」といったレベルではなく、プレッシャーのないはずの普通の練習をしているような場面でも、「上手くできなければいけない」と思うだけで全く思うように手が動かなくなるということが多く、なかなか深刻です。

「ジストニア」(チョーキングではない真のイップス?)であれば、プレッシャーを受けていない状態でも意に反する動き(不随意運動)が起き、その場合は医療につながることが必要ですから、まず「プレッシャーを受けていない状態」で確かめなければなりません。しかし、練習でも「その状態から逃れたい」という気持ちを消すことはできないでしょうから、その気持ちだけでもプレッシャーになる可能性があります。

「チョーキング」からプレッシャーが続いている状態で過度な反復動作を行うことで「イップス」になるタイプもあると考えられており、チョーキングかイップスか?いずれにせよプレッシャーのかからない状況でプレーする、トスを上げてもらう必要があります。プレッシャーのかからない状況で、オーバーハンドパス(セット)動作ができるか確認し、安定した動作を構築していくことができなければならないのです。

プレッシャーのかからない状況で、安定したセット動作を構築していくには

セッターのハンドリングについては「ハンドリングの問題にしない」「目標に飛ばせる位置でとらえることに集中する」で対応してきました。 克服できるかどうかは他にもいろんな要因があるわけで、「これで克服できる」とは言えませんが。

多くの場合問題は「自分はこれだけのことができなければならない」から始まります。少しのミスも許さず完璧にあろうとするのは、多くの人にとってとても危険です。絶対ミスは出るので、「ミスを減らそう」とすらせず、「できることを増やしていこう」という立場に立ってほしいのですが、言葉では言えても、実現はなかなか難しいものです。まずは、指導者がそういう立場に立てるでしょうか?

ハンドリングの本質が「適度に固めて何もしない」であるのに「手」を意識してしまうことが、最大の問題だと考えています。イップスであれチョーキングであれ、やってはいけないことは「過度の局所意識と過度の局所修正」です。「自分の意識ではどうすることもできない」ということを認めるのも鍵ですね。

意志の力で何とかなるものではない(余計にひどくなる)
・特に「ハンドリング」は受動的に動く部分が大きく、思い通りに動かすことではないのに、「思い通りに動かそう」というあり得ないことをやろうとすることが悪化につながる
・「不安」が体に出ているので、体に安心してもらうしかない
くらいは頭で理解しておいてもいいかもしれません。

「ハンドリングの問題にしない」「目標に飛ばせる位置でとらえることに集中する」わけですが、これが2人組のパスでクリアできたら、コートを使って指導者が球出しをしていきます(「どこでボールをとらえればどの方向に飛ぶか」をつかむための練習方法(前)-セットアップの基本を考える-(3/5)参照)。球出しは「目標に飛ばすにはどこで捉えればいいか」の感覚を掴んでいくのをガイドする感じです。たとえば、レフトに上げやすい位置で感覚が掴めたら、少し動いたところから同じように感覚を掴んでもらい、範囲を広げていきます。 場所をずらした時、トスが目標から外れたら、もう一度全く同じ状況を作り、「どこで捉えたらそこに上がるか」の試行錯誤をしてもらいます。

どんな試行錯誤を設定するかがポイントです。低いボールや遠いボールは「そこで捉えればあそこに上がる」というポイントまでの移動が間に合わないかもしれないので、まずは余裕のある状況で「空間の感覚を掴む」ことに専念できるようにします。掴めてきたと思ったら、「そこ」へ上手く移動できるか? 移動がうまくできるようになったら「どこまで間に合うか」に挑戦していきます。

大事なのは「そこ」を見切ることで、間に合うのか間に合わないのかの「判断」が鍵になります。 間に合わないと判断してアンダーに切り替える、ネット際ならワンハンドに切り替えることが重要で、その判断も自分でやるしかないので「自分の判断を信じろ」と言っています。「そこ」で捉えることを妥協してしまうと、ハンドリングで誤魔化すことになり、迷子になるので、誤魔化しが起きたと思ったら、「今ので大丈夫?」とか聞いて、気づきを促します。上手くいったかどうかではなく、「自分で判断して行動したか」にフォーカスすることが「ハンドリングをどうすれば良いか」から意識を外させてくれます

迷子から抜け出せれば、着実に前に進めます。 掴めたら次にチャレンジして、分からなくなったら確かめられる余裕のあるところに戻る、その行ったり来たりの繰り返しですね。ハンドリングで誤魔化すから迷子になるのに、それをハンドリングの問題だと位置付けたら、まあ誰でも抜け出れなくなると思います、真面目な人なら特に。

ハンドリングについては一切触れずに、「どこでとらえればどこに飛ぶか」、「ボールに力が伝わる感じ」を探してもらえば、結果的にハンドリングはとてもよくなります。「ハンドリングに集中してハンドリングを直そうとする」のが「過剰な局所意識と過剰な局所修正」につながるので、それをやめる必要があるわけですが、そのためにはこの方法が一番だと考えています。

指導者としてこれにつきあっていくのはかなりドキドキするものですが、「ちっとも心配なんかしてないぞ」と演技して、選手に安心してもらいたいですね。そして、「面白くバレーやってきて!」と願うのが、選手にとっても指導者にとっても一番だと思います。

以下は今回参考にした記事です。

ジストニア診療ガイドライン2018
イップスの心理学

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。