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フリオ・ベラスコの考える『ゲーム・モデル』と『創造力』(3/3)

フリオ・ベラスコの考える『ゲーム・モデル』と『創造力』(2/3)からの続きです。

『創造力』を醸成するためには『遊び』が必須である

創造力の醸成は決して一石二鳥にできるものではないということは想像がつくだろう。

創造力は強制的にも、効率的にも、短期的にも、さらには外発的な動機付けによっても醸成することができない類いのものである。創造力は、自発的に、非効率的に、長期的に、そして本人の内発的な動機付けによって醸成されていく類いのものである。

では、創造力を醸成するために必要なものとは一体何なのだろうか。それを一言で表現するのであれば『遊び』であると断言できる。なぜなら『遊び』自体が必然的に創造力を発揮せざるを得ない活動であるからだ。

では『遊び』とは一体何なのだろうか。『遊び』を定義するとすればどうなるのだろうか。

ここで、巨人の肩に立ってみたいと思う。

フランスの社会学者であるロジェ・カイヨウが、遊びと人間という著作の中で人間にとっての遊びが何かを明確に定義している。彼は、遊びを「競争」「偶然」「模擬」「眩暈」の4つに分類している。そして、さらに下記6つの構成要素を満たすものを『遊び』と定義しているのだ。

  1. 自由な活動
    遊技者が強制されていないこと。

  2. 隔離された活動
    あらかじめ決められた明確な空間と時間の範囲内に制限されていること。

  3. 未確定の活動
    展開が決定されていたり、先に結果が決められていないこと。

  4. 非生産的活動
    財産も富もいかなる種類の新要素も作り出さないこと。

  5. 規則のある活動
    ルールに従う活動のこと。

  6. 虚構の活動
    日常生活と比較し、二次的な現実、すなわち非現実であるということ。

先に「『遊び』自体が必然的に創造力を発揮せざるを得ない活動であるからだ。」と書いたが、このことは上記の定義を満たすものが『遊び』だと考えれば納得できるのではないだろうか。

『遊び』とは『再創造』である

創造力を醸成する『遊び』の定義についてここまで書いてきたが、『遊び』という言葉を英訳してみると、そこにまた新たな発見がある。『遊び』に対応する英訳が複数あることは大前提として、その内の一つに『recreation(リクリエーション)』がある。この単語は2つに分解することが可能である。分解してみると"re" と "creation" に分かれ、それぞれの意味は「再び」と「創造すること」になる。つまり『遊び』とは『再創造』とも言えるのだ。

創造力を醸成するためには『遊び』が不可欠であり、その遊びとは言い方を変えれば、『再創造』である。このことは『創造』と『遊び』との間にある密接な関係性を示していると言えるだろう。

ゲーム・モデル内の『遂行力』とゲーム・モデル外の『創造力』

さて、話をゲーム・モデルに戻そう。

ゲーム・モデルの中では創造力といったものは基本的にプレーヤーには求められることはないと先述したが、そこでプレーヤーに求められるのはゲーム・モデルに準じたプレーを遂行する能力である。すでにチーム内にはチーム・メンバーが合理的・効率的にプレーできるように細心の注意を払って創り出されたゲーム・モデルが歴然と存在しているはずだからだ。

ゲーム・モデルが機能する範囲内において、ゲーム・モデルを完全に無視して、自身の創造性をフルに発揮しながらプレーしているプレーヤーがいると想像してみてほしい。そのプレーヤーの行動はあなたの目にはおそらく自分勝手で、極めて滑稽な姿に映るのではないだろうか。

では、ゲーム・モデルの範囲外ではどうかというと、ここで初めて創造力が求められることとなる。ゲーム・モデルが想定していない事態は、ゲーム中に往々にして起こる得る。

ゲームモデルが想定する範囲を超えた事態が発生したとき、その事態を打破するにはゲーム・モデルに準じたプレーを遂行するだけでは十分ではない。むしろ害悪にすらなり得る。そこでは、個のプレーヤーの内面から滲み出てくる創造性豊かなプレーを実行することが必要とされるのだ。『遊び』によって醸成された創造力が必須なのである。

『ゲーム・モデル』と『創造力』

ここまで記事を書き進めてきたことによって、私自身の中でもベラスコ氏が考えていることがかなりクリアに見え出したように思う。今一度、彼のインタビューを抜粋し、彼の核心に迫ってみたい。

インタビュア:システムが解決する事とタレントが解決するのとどちらを好みますか?
フリオ・ベラスコ:誰が?
インタビュア:あなたです。チームのリーダーとして。
フリオ・ベラスコ:自分にとって?両方です。私はシステム(ゲーム・モデル)で状況を解決できない時に選手に創造性を発揮することを強く求めます

上記のインタビュー後半箇所がベラスコ氏の考えの核心になると私は思っている。

彼はシステム、すなわちここでいうゲーム・モデルによって、ゲーム中に起こり得るできる限りの状況を解決しようとしている。と同時にゲーム・モデルがあらゆる状況において盤石であるとも彼は思っていない。ゲーム・モデルを以ってしても、対処しきれない状況がゲームでは起こり得るということを大前提として受け入れ、その際には個々のプレーヤーが、それぞれの創造性を発揮することによって問題解決(つまり勝利に近づく)することが必須であると言っているのだ。

ベラスコ氏は、ゲーム・モデルが万能であるとも、創造性がすべてであるとも思っていない。彼は、ゲーム・モデルと創造性はともに勝利のための必須条件、勝利を勝ち取るための両輪であると認識しているのである。

彼はこれまで多くの世界のバレーボールの歴史に残るような伝説的チームを数々創り上げてきた。

彼はチームの国民性や文化、そしてプレーヤーの特性などあらゆる環境に配慮しながら、そのチームに最適化されたゲーム・モデルを構築してきたに違いない。

そして、常にプレーヤーの創造力を引き出しそれらを醸成するために、『遊び』のための環境も提供し続けてきたに違いない。

フリオ・ベラスコ氏は『ゲーム・モデル』と『創造力』をバランスよく育てることができる最高のアーティストなのだ。

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。