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お茶漬けみたいな短編小説4「脚本家」

中学時代にあまりいい思い出がない人は共感できる作品だと思います。
どうぞ。

脚本家

 この中学には「空気」と言う名のスクールカーストが存在する。
 その空気には誰も逆らえない。その空気を乱すものはたちまちいじめの対象となり、カースト制度の強い制裁を受けることとなる。
「なあ、俺たちってそんな空気の中でも独立してるよな」
 義雄が浩明に話しかけた。
「まあ、中国の清王朝みたいなもんだよ」
 浩明が答えた。
「ほう。その心は?」
 義雄が問う。
「イギリスから眠れる獅子と言われているけど、実際には眠れる豚だよ。ラストエンペラーみたいにな」
 浩明と義雄は同じクラスで新聞部所属だ。二人の共通の趣味は本と映画だ。どちらかが好きな人は多いが、二人のように両方が好きだというのは、この中学にはいなかった。成績もそこまで悪くなく、クラスの空気からは一線を画していた。
「豚ってお前の体形のことか?」
浩明は確かに小太りだったが、体形のことを言われると少し残念な気持ちになる。
同じ学年で、違うクラスの美紀を密かに想っていたからだった。
彼女はバレー部に所属しており、同じクラスのサッカー部の隆と付き合っていることは浩明も知っていた。隆明はサッカー部で身長も高く、見るからにモテそうなイケメンだ。美紀ともつり合いが取れており、まさに空気の上流にいて、新鮮な空気を吸い中学生活を楽しんでいる人々の中にいた。
そんな美紀と浩明は不幸な程つり合いが取れないということは百も承知だった。それが現実だ。
「美紀さんはもっとたくましい人がタイプなんじゃないかい?」
 義雄はあまり恋愛には興味がない、というより興味を持たないようにしていた。自分も浩明と同じで惨めな気持ちになるだけだった。

 ある日の新聞部の集まりの後、浩明と義雄がいつものようにくだらない話をしていたときだった。
「決めた!」
 浩明が突然声を張り上げた。
「どうしたんだよ」
「おれ、脚本を書く」
 義雄は何のことかわからないような顔をしている。
「美紀さんと付き合うための脚本だよ」
「は?」
「美紀さんと付き合うために、シチュエーションを考えるんだよ。恋に落ちるような」
「……」
 義雄は呆れたような顔をしている。
「明日の放課後、原案を書いてくるから、見てくれよ」
 義雄の返事も聞かずに浩明は部室を出て行った。

 翌日の放課後、新聞部の部室に、浩明は約束通り脚本を持ってきた。自宅のパソコンで印刷した紙を持ち、意気揚々と義雄に話し始めた。
「まず、美紀と隆が付き合っているのだが、意図的に邪魔をする」
 浩明は続ける。
「隆が他の女と付き合っているという噂を流す。それは具体的にどこで見かけたというようなものも付け加えてのものだ。名付けて真田幸村作戦。悪い噂を流して相手を混乱させる」
 義雄は表情を変えない。
「次に、隆と別れた後を狙って、美紀の部活帰りに合わせて新聞部の部室を出る作戦。名付けて、ストーカーじゃないんだよ偶然なんだよ作戦」
「というかお前、美紀さんと話したことないんじゃ」
「そうだから、よく会いますねって話しかけて、浮かない顔ですねっと言って自然と近づいていくんだ。あくまで自然に」
 義雄は少し眉をひそめた。しかし浩明は雄弁に喋る。これだと思ったら夢中になる性格だ。
「次に、付き合っていた彼氏と別れたばかりなんだと相談を持ち掛けられる。そこで親身になって相談に乗る。名付けて、下心はないんだよ、親切心なんだよ作戦」
「そんなにうまくいくのか?」
「悩みを聞き出せれば、後は流れで付き合うように……」
 次の作戦を聞く前に、義雄は立ち上がった。浩明から脚本の紙をぶんどると、その紙を破り捨てた。
「何すんだよ!」
「こんな糞みたいな脚本いらねーよ!」
義雄は続ける。
「お前はいつか言ってたよな。芸能事務所の都合でキャスティングされる役者で固められた映画は面白くないって。この糞脚本はそれそのものだよ!」
「ち、ちがう」
「展開が全部ご都合主義だ。頭冷やせ」
「なんだよ。その言い方は」
「お前の私利私欲で固めた脚本なんて糞つまらねぇよ。芸能事務所の私利私欲で作る映画と大して変わらねえよ。」
 浩明は怒っていたが、義雄の正論に何も言い返せないでいた。
「自分の恋だろ? 脚本なんかいらないだろ」
 義雄の意外な言葉に、浩明は目を丸くする。
「こんなもん作って逃げてないで、負けてもいいから正面から当たってみろよ」
 義雄からの思わぬ言葉に、浩明は黙り込んだ。

「脚本を初めて書いたのはいつぐらいのときなのですか?」
 トークショーのスポットライトとカメラが、浩明を映し出した。
「中学の時です。実は初恋の人を振り向かせるために、付き合っている彼氏と別れさせて、自分が相談に乗るというとてもベタなものでした。今思い出すだけでも恥ずかしいです」
「その脚本は実行されたのですか?」
 司会者は浩明に聞く
「いいえ、そんなベタな展開はなかなかないですよ。同じ新聞部だった友人にぼろくそに言われて、廃棄しました。友人は正面から当たってみたほうがいいといって、放課後に告白したんです」
「それでどうなったんですか?」
「もちろん結果はダメでした。でも、友人から私利私欲の脚本は心に響かないってズバッといわれてしまったのを今も脚本を考えるときには気をつけてます。あまりご都合主義にならないようにって。ちなみにその子にはフラれましたけど、学校新聞はいつも見てるって言われて、天にも昇る気持ちでした」
「それが映画脚本家 高橋浩明さんの原点だったんですね」


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