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性善説性悪説

そんなものはなにもない。私は今、この時を生きている。

ただ、生物として。。
今日は先日クジで当たったチケットでエンジンオイルを変える為に1時間以上1人、車を走らせた。。

普通の働いている営業マンなら普通の事だが、私はそんな長距離も自信がなくて重い腰が上がらなかったのだ。。

私の母は私が何をしてもすべてを全力で否定してきた。
当然、私の母の記憶は、いつも歯を食い縛っている顔が浮かぶ。。

母と私は毎日のように喧嘩をしていて、私はずっと【悪い子】とレッテルをはられていたのだった。

50才を過ぎて、親戚に頼まれた絵を納品した時でさえ、皆がとても喜んでいるのに1人、変だと皆に言い張って【お金を取りすぎだ】とか、【書き直せ】とやられたものだから【そんな人には足をひっぱられるので、もう二度と関わらない】とたんを切ったらやっと少しはわかったようで
何度かのやりとりの後、母は、自分が人を思い通りに動かないと許さない性格であったことが少し理解してくれたようだった。。

年を取ってから色々な正直な話を聞けたが、私は抱っこもされた事はない。そして、何度も親に梯子を外されるような経験をされてきたので人を信用できずにいた。

結婚してからも何度も夢で親に責められるので自分の悲鳴でよく起きた。それがなくなってきたのは40代ぐらいだろうか。。夫は怖がったが。。



この少し前に私はたまたま大きな個展をする機会に恵まれたので知り合いになったばかりの灯りの専門家へ一緒にやってもらえるように頼んだ。彼がプロデュースをしてくれ、色々と教えてくれたのに、当時の私はあまりに自分の価値を低く見ていたので無意識に他人の価値も低く見ていた事に気づかされたのだ。。

その時に強く感じた事は自分の価値は自分で決めるから高く見積もる人と低く見積もる人では大きな溝が生まれる。誰がいいとか、悪いとはではなく、当然軋轢が生まれる。。だから同じ価値観のものが集まるのだとわかる。

全ては自分で自分の価値に値段をつけたとおりになっているのだ。。

そして、私は母の連日の刷り込みによって自己否定の強い人間になっていただけだった。。

当たり前の事が当たり前になっていたのだ、ここが最初のスタートだった。。2020年。。

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