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『明け方の若者たち/カツセマサヒコ 』を読んで

その日は有給を取っていたものの、特に予定もなかったから本屋に行くことにした。予定もない日は本屋に行くに限る。

大型の本屋に併設された行きつけのカフェは、本を購入しなくても好きな本を持ち込んで席で読んでいいというたまらなくありがたいシステムになっている。ちょうど前日に辻村深月の小説を読み終えたばかりの僕は、おもしろい本はないかと足を運んだその店でツイッターで話題のカツセマサヒコさんのデビュー作を見つけた。そういえば増刷されたとか、つまりは売れてるらしい。湿り気を帯びたような色合いのハードカバーを手にとって、パラパラとめくってみる。作家のデビュー作は往々にして薄いものだけど、この本も200ページちょっとで、値段は1,400円。うん、高い。


最近本を読むのはだいたいが通勤の電車の中なので、ハードカバーはかさばるしでかいし重いしで滅多に買わない。文庫本の方がいい。だけど文庫化するにはハードカバーが売れないといけないらしい。

困った。ただ内容は気になる。読んでみたい。ならば。1,400円を払うくらいならコーヒー一杯300円で読み上げてしまおう。せこい。だがそれが合法的に許されているカフェである。文句があるなら店に言ってほしい。人生はせこくないと生きられないことだってあるのだ。


アイスコーヒーを頼んで席に座り、ゆっくりと読み始めた。そして「やっぱり買って家で読もう」という気持ちになった。この本はカフェで優雅にコーヒー飲みながら静かに読む類ではないと判断した。家でひとり、感情に従うまま顔をしかめたり声に出して悪態ついたりしながら読みたい。


この物語は、早期に内定をゲットした「勝ち組」の大学生の飲み会から始まる。主人公はその飲み会のテンションが高いだけで中身のない飲み会にうんざりしていた。が、そこに居合わせた、同じように「退屈」と顔に書いてる女性を見かけ、一目惚れする。そして途中で帰ろうとしている彼女がこちらに向かってきたかと思いきや、携帯をなくして番号いうから電話をかけてほしいと声をかけられる。携帯が見つかった彼女は先に帰ってしまい、くだらない時間を過ごしていると先ほどかけた電話番号からメッセージが届くのだ。

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」


おい!なんなんだこの展開は!!!

お前が一番「勝ち組」やんけ!!!


ってカフェで人目を憚らずキレそうになったので、仕方なく購入した次第であった。本自体は薄いのですぐ読めた。言ってしまえば沼に浸かるしかなかった恋の物語だった。沼とわかっていてズブズブと浸かっていったのだ。浸かっている間は、天国のように温かくて気持ちよかったはずだ。いつか必ず終わりを迎えるとわかっていての恋は、甘美で、刺激的なものだったのかもしれない。やめたくてもやめられない麻薬性を秘めていたのかもしれない。


哀しいことに、そういう恋愛は一生覚えているものなんだよな。楽しかった思い出よりも辛かった記憶があとあと鮮明に残ったりするから厄介だ。苦い記憶を掘り起こしてくるような、そんな本だった。誰しも失恋の経験はあると思うが、記憶のどこかに引っかかって自己を投影する。主人公のフィルタを通して自分の思い出にぶち当たり、心が思わず悲鳴をあげる。そんな本だった。


人によっては心が血まみれになるかもしれないけど、サッと読めて濃く残るいい本だと思います。実は読んだのけっこう前なんですけど、感想が一部下書き入っていたので今さらながら書きました。


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