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上司からの忘れられない言葉

前職で営業してた頃の話をする。

それはある夏の、とてもとても暑い日、最悪なことに上司と休日出勤することになった。平日に会えない新規顧客アタックのために、上司と一緒に営業車で回る。エアコンの効きが抜群に悪い車内、真夏だというのに背広を着るという異常さ、滝の汗を流す隣の上司、コンディションは考えうる限り劣悪だった。

うだる暑さの中、成果は当然のごとく無く、とりあえず昼時になってきたから「お昼、どうします?」と声をかけた。すると上司が「君の好きなところどこでもいいぞ! 高くてもいい!」と気前よくいうので、もう私は普段いかない美味しいものでも食べないとやってられないという気持ちも相まって考えうる限り一番高い店を選んだ。


自慢じゃないがこちとら藁をもつかむ思いで必死に生きてる貧民である。高級ランチをありつけるチャンスはモノにしなければならない。遠慮している場合ではないのだ。

そう、遠慮など一ミリもなかった。明らかに何らかの接待で使われているような店に入り、何らかの高そうな御膳を注文した。2,000円くらいしたと思う。上司はまったく気にすることなく「しっかり食べて、また昼から頑張ろうな!」と言っていて、私は感激していた。せっかくの休日に出勤している気持ちをねぎらうという意味もきっとこのランチに込められているのだろうと思った。正直、午前中の私のパフォーマンスは最低だったと思う。営業車で回ってる中、楽しそうに遊びに出かけている大学生グループなどを目撃するとやる気は地の底まで落ちていた。だが、こんなに美味しく高いランチをご馳走になって、頑張らなければ人間として終わる。それくらいは感じたし、むしろ自然とやる気が湧いてきた。この上司に報いるためにも頑張ろうと思った。


食事を終わり「さぁ行こうか」と上司は颯爽と伝票を手に取り、私は初デート時のOLみたく礼儀として財布を手に取って後ろをついていった。「え、いいんですか、ごちそうさまです」を繰り出すタイミングを見計らっていた。するとその刹那、上司は自分の分だけ会計済ませてさっさと店を出ていったのである。

この瞬間の感情は筆舌に尽くしがたい。一瞬何が起きたかわからず、店員さんの「2,000円になりますー」が空虚に頭の中でこだます中、私はただひたすら、上司の背中を見つめていた。力無くお金を払った。真夏の正午、吹き付ける熱風、鳴り響く蝉の声、上司の背中。あの衝撃、季節、気温、風景、その全てを鮮明に今でも覚えている。

午後、午前のやる気のなさををはるかに凌駕する世紀末的パフォーマンスだったことは言うまでもない。


▼昔のツイートをnoteに書きました。


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