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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep5 揺れる
戦いから一週間――羽衣は上がらない。
人の状態で受けた大怪我は瀕死レベルに達していたが、単衣の力なら一日で治す程度だった。
「もう一週間…………怪我だってとっくに治っている筈なのに」
シェリルは寝所の方を見つめていた。
寝所から北西へ百メートル、蒼く澄んだ空の下、大きな檜の一枚板で出来たテーブルと、樫で作られた椅子が三脚あって、シェリルは九郎と向き合って座っていた。
九朗は独り言のように語り出した。
「いつもなら、回生明けまで二百年位だろう? 今回は強制回生の影響だろうか。まさかの人転生とかイレギュラー要素が多すぎる。おかげで俺達は全くコンタクト出来ずに肝を冷やしたが、人として人生を終えても、神として戻ってくるのは間違いないし……どうしたのかな、人間なんて全く関心がなかったのにな」
九郎の独白を黙って聞いていたシェリルは、寝所の方に視線を向け、向き直ると薄く笑顔を九朗に向けた。
「ねぇ、九朗ちゃん、三百年前に翔琉ちゃんが強制回生に至る事象を起こした時、正直言ってね、もう帰ってこないんじゃないかって、ちょっと思っていたの。そんな顔しないで、あれは翔琉ちゃんの精神を焼き切るような出来事だったから、そんな思いまですることないのにって思っちゃったのよね」
「俺も、実は少し思っていた。二百年経っても回生の癒しから戻ってこないから、もう嫌になったかなって」
二人はため息をついた。
「寝所に写真立てがあったろ? あれってここ四十年位の間にいつの間にか置いてあったよな? 翔琉がどう見ても人間と一緒に写っているとか、なんの冗談だと初めは思ったさ、まあー聞けよ。今回の人転生前に、人間と絡む何かがあったんじゃないかな? 眷属たる俺達でも全く検知出来ない事象が起きていたとしか思えないんだ」
「そうね、わたしもギョッとしたわよ。あの写真立て見つけて。翔琉ちゃんは亜空間で世界と分断されて回生の癒しの最中だと思っていたのに。抜け出せるとは驚きを通り過ぎて、意味が分からない」
九朗は頷いている。
「ね? 本当意味分かんないよね。それでも、いつまでも千年だって待てるけどね」
九朗とシェリルは目線を合わせ頷き合った。
「とにかく、羽衣が下りているうちは俺達に出来ることは何もない」
「そうね、〈癒しと再生〉が完了しているから、目覚めることも出来たんですものね」
シェリルは立ち上がり、一つ伸びをすると、優雅に身体を回転させる。
耳が大きくグレーブルーの艶やかな短毛、金目の揺らぎはそのままに猫の古代種を思わせる姿になった。これが彼女の本性である。
「ルーエ様の宮まで預け物を取りに行ってくるわ。九郎ちゃん、後はヨロシクね」
しなやかに尻尾を揺らしながら、優雅に正門へ向って飛んで行った。
九郎も腰を上げ大きく背伸びをして、寝所に視線を向けた。
「翔琉があの時、眷属にしなかったら俺は死んでいたからな、魂のひとかけらになっても付き合うさ、嫌だと言っても聞かないし」
カラスの姿になり自室に向かって飛んで行った。九郎は霊鳥の系譜で本性は鴉、齢九百年――翔琉の眷属になって七百年の付き合いだった。
***
下弦の月が近いところで、弦月宮を照らしている。
月や太陽は人世界の物をそのまま取り入れている。
故にこの宮の時間軸は人世界と同一である。
寝所から二十メートル程行った小川の辺に簡素な木のベンチがあり、鮮やかな青に水滴が散りばめられた着流しを着た翔琉が寝そべっていた。
怪我は完治しているが、顔には焦燥の色が濃く、美しい鳶色の瞳は月を映していた。
左腕をだらりと垂らし見目鮮やかな朱色に金糸の朱雀模様が入った檜扇を、ほんの少し開き、パチンと閉める。
そんな動作を、もう一時間も続けていた。
翔琉が弦月宮に入ってから二週間、羽衣が上がり寝所から出た夜だった。
初めて人として暮らした十五年近くの時間が、神として経過した三千年より重く感じて混乱していた。
人として生きた期間、両親、友達……人を理解しようと必死だった。
得た知見を落とし込み、柔らかいところに染みていくのが心地よくてまどろんでいたくなる。
染みていく感情をどう扱うべきか考えているうちに、二週間も経っていたのだった。
――三千年の間、傍若無人な振る舞いが多々あったが、反省はするが後悔していない。全部ひっくるめておれなのだから。
「結局……人にも化けきれなかったから、神で行くっきゃないでしょ」
――なぁ、イオ。
寝所内のテーブルの上に古い写真立てが置いてある。少し透けている翔琉と、勝気な瞳をした少年が肩を組んで写っている。
二人とも楽しそうに笑っていた。
起き上り、どこか吹っ切れた顔を月へ向けた。
***
「詩里香、早く並ばないと売り切れちゃうよー」
「ごめんごめん、トイレが激混みで」
ここは翔琉が目覚めの日を迎えた、あの一大エンターテイメント区画、詩里香と呼ばれた少女は黒い髪をなびかせ、走っているところだった。
「どこの列が空いてるっぽいかな? みんな同じに見えるよね」
薄茶の瞳を細めて、最前列を見ようと必死になっている。
その様子を見ながら――
「これの為に遠くから来たんだしねっ、楽しまなくっちゃ!」
詩里香より小柄な友人の明子は、拳を突き上げた。
「私もっ! この為にお父さんを説得したんだしね、燃えるわあ」
同じく拳を突き上げ二人で笑い合う。
詩里香はこのライブの為に東京に住む叔父を口説き落とし、ライブ後は真っ直ぐ叔父さん家に向かい寄り道しませんと両親を涙ながらに説得して、プラチナチケットを手中に収めた幸運な子供である。
あらかた写真も撮ったし、ノベルティを買い込んでコインロッカーに詰め込んだらライブ会場に入場するばかり。否応無しに気持ちが上がってしまうのも、また楽しい時間だった。
ノベルティ販売の行列に並んで数分、上空に、何か光るものが徐々に遠ざかって行くように見えた。
――ん、なんか見えちゃっているのかも。
詩里香は光の方を凝視してみたが、だんだん遠ざかりやがて見えなくなった。
――ここまでハッキリ見えたって言う事は、それって事かな。
詩里香は稀に変な物が見えてしまう事がある。
気のせいかもしれないから今まで誰にも言っていなかった。
もう一度見上げた空には、雲一つ無かった。
-つづく-
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