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『推し活 -False angel-』 10話-神無月-前編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


「いつも的確な提言をありがとうございます。耳の痛い話も、意外と入ってこないものですから、規約を見直す指針になります」
 うっとりするような笑顔で〈marin〉が笑っていた。
「そんな、そこまですごい訳じゃないです。気になっちゃうと解決に向かいたくなる性分みたいで」
 伺うような夜姫胡よきこの表情に、「いいえ、その性分はぜひ伸ばして頂きたいですね。出来れば運営側として」

 驚いた顔でmarinの整った鼻筋を見つめていた。
「今回のオフ会は、今後の運営参画をお願いしたい人員の選考も兼ねているの。false angelさんは、合格よ」
 そう言う彼女の後ろでは、marinと話をしたそうな女性が夜姫胡を睨んでいたが、夜姫胡は無視を決め込んでいた。

「買っていただけるのはとても光栄です。まだ学生ですから本格的に参画できるのは先になりそうですね」
「そうね、あなたに負担はかけたくないからこちらから提案をさせて頂いて、今後のことは前向きに検討頂きたいわ」
 お互いに笑顔で、会釈を交わしmarinは去っていった。睨んでいた女性はmarinと会話を始めていた。

 ドリンクコーナーから、アイスコーヒーをカップに注いでいたら、〈Schrodingerシュレーディンガー〉のネームプレートを下げたゆみちんがやってきた。
「こんにちは、運営側に参加するんですか?」ゆみちんは完全に他人モードだ。
「いえいえ、お話を伺っただけなので、全然どうなるか分からないです。Schrodingerさんは、システム系の支援専門の方ですよね? 同年代の女性だったのは正直驚きました。あの、失礼だったらごめんなさい」夜姫胡も完全に初見モードで話している。

 ゆみちんは、「全然、ユーザー名の向こうは〈びっくり箱〉みたいなものですから、驚かせてなんぼですよ」
 二人は笑い合っていた。二言三言話してゆみちんと別れた。コミュニケーションモンスターでもあるゆみちんは、VIPの間を回遊魚のように会話して回っていった。

 アイスコーヒーを片手に、攻略途中のクッキーに取り掛かった。上品な甘さのラングドシャクッキーは好物である。
「false angelさん? お話いいですか?」先ほど睨んでいた女性が立っていた。

 ***

 日が傾き涼しい風が吹いていた。ぼくは網戸から吹き込む秋の息吹に、ため息で答えた。

 ちっとも勉強が捗らない。このままなら滑り止めの大学でも危ういかもしれない。目の前の懸案がゴツ過ぎて正直手に余っていた。夜姫胡も瑞樹たまきもガッチリ噛んでいて、知らないところで危ない橋を渡っているように思う。

 ぼくは怒ったり、体調を崩したりで全く役に立っていない。あれから関口さんから連絡はない。
侑喜ゆうき君は、正直言ってこれ以上深入りしない方がいい。ハジメの件はおれの方で調査は継続する。何か分かったら必ず連絡するから、君は手を引いてくれ」

 関口さんからそう言われて、ぼくの怒りは宙ぶらりんになってしまった。

 スマホを手に取って〈推し活しようよ〉アプリを開いた。夜姫胡のページに飛ぼうかと思ったが、ログに残すのも良くないかと推し活の内容をぼんやり考えていた。
 ぼくのページには「推し活設定をしてみましょう」と表示されていた。

 夜姫胡と瑞樹はぼくを巻き込むのを拒んでいるようだし、関口さんからは関わるなと言われてしまったし、手には余っていても、見るなという方が無理というものだろう。今も勉強しようといいながら状況の整理と今後について纏めていたくらいだ。

 唐突に、頭上の電球が点滅したようなヒラメキが来た。
「自分で自分を推すのって、ありか?」ぼくの思考は絡まった洗濯物みたいに湿っていて、しかし答えは一つに固まっていた。
「決めた!」
 活動目標に、「自分を推せるようになりたい」そう書き込んで詳細の入力に取り掛かった。

 ***

〈ルビー〉とネームプレートを下げた女性は、値踏みするように夜姫胡を見ていた。
「marinさんとは親しいの?」
 夜姫胡は少し空気がピリッとするような感触を覚えた。気に掛けるレベルではないから笑顔で対応していた。
「いえ、今日初めてお会いして、お話していただきました」
 ルビーはmarinより少し上だと思った。困惑してると態度で示し、出方を見る。
「そう、学生さんなのね。何回生なのかしら?」
「すみません。リアルの情報は開示しない方向なんです」
 本当に済まなそうに態度に出した。ルビーは少しいらだったのか、体は斜に構えていた。右手に持っていたカップを揺らしながら
「小姑みたいに荒探しして、規約に意見が通るからって所詮それだけ。いい子ちゃんアピールは程々にね。〈偽天使False angel〉さん」
 言いたいことだけ言って、ウインクして去っていった。

 ――あんたの功績なんて、別れさせるだの。仕返しの効率だの。〈裏推し〉がメインじゃん。吐き気がするわ! 性悪野郎。
 そう思いながら、ビビった風を装って席に着いた。
 ――そう思うあたしも、何で選抜にいるのか今一つ分かんないんだけどね。それに、ユーザーネームは狙ってないって、偶然だって!
 ため息が出てしまったが気にせず、クッキーの攻略を再開した。

 woolが会の後半を行うと言っていて、皆席に着いた。そう言えば
woolの人気支援は、人生相談(重くないもの)だと思い出した。marinの称号はアプリ上選抜VIPだが、〈熾天使〉の運営称号がついて、運営称号は選抜VIPしか視認できない。

 おもてに出していないのに天使の称号もおかしいものだが、運営はこの階級に拘っているように感じた。現階級は以下の通り。

  • 熾天使:marin(運営管理責任者)

  • 智天使:wool(運営管理副責任者)

  • 座天使:2名(運営・役職不明、開発関係?)
    ここまでが運営側、以下は選抜VIP

  • 主天使:false angel、他2名(表に立って善行を行う選抜VIP)

  • 力天使:ルビー、他4名(規約ギリギリの裏推し専門)

  • 能天使:るーと、Schrodinger(アプリ開発に関与)
    選抜VIPは総勢14名、内運営は4名、通常VIPは150名程度

 marinが立ち上がり満面の笑みでマイクを手に語り出した。
「〈推し活しようよ〉アプリは終了して、リニューアル版を公開しようと企画中です。別途有料コースのあるAI支援のアプリの公開予定もあります。今後収益化を一層図るとともに、選抜VIPの皆さんに報奨金として利益還元を予定しています」
 ざわめきが起きた。marinはざわめきを収めるように見回し「選抜VIPは新アプリとリニューアルアプリに分かれる予定です。VIP呼称は移行タイミングで〈天使階位名〉へ呼称変更されます。利益還元率等の詳細は年末予定のオフ会にて発表予定でございます。以後もよろしくお願いいたします」
 marinは深々と頭を下げ、会場は拍手の嵐だった。

 夜姫胡は少し頭痛がしていた。拍手の裏で周りの空気が多少剣呑としていたからだ。皆どうせなら出世扱いの新しいアプリで選抜VIPとしてやって行きたいと思っているからだろう。

「皆さんは選ばれたVIPです。私たち運営にとってangelなのです。必要な人材です。どちらのアプリも今後の収益化を目指す大切な物です。ご協力願えると幸いです」
 再度拍手が大きくなり皆marinの方を見ていた。夜姫胡もそうしていて、woolから「閉会のお時間です」と伝えられ、お茶会はお開きとなった。

 別途連れだって出ていくVIPもあり、夜姫胡はエレベータに向かった。
「False angelさん」woolの声に振り返った。
「忘れ物していますよ」
「すみません。すぐ行きます」夜姫胡は会場に戻って行った。

 がらんとした部屋ではmarinも退席済だったため、誰も残っていなかった。一緒に戻ったwoolは席に置いてあったネームタグを手渡した。
「お持ち帰りくださいね」

 持ち帰るつもりもなくて忘れ物という概念から外れていたから、なぜwoolが手渡さず、会場まで夜姫胡を呼び戻したのか疑問だった。人目はないが、何かあったら会場使用者は特定できるし、瑞樹たまきにもここに来ることは言ってある。
 さらに、ボイスレコーダーを鞄に忍ばせていて、会の会話は全て録音していてまだ稼働中だった。

「あれ? 忘れていたんですね。申し訳ありません。お手数おかけしました」
 夜姫胡は一礼した。そのまま会場を後にしようとして呼び止められた。
「お兄さんの推し活は順調ですか?」笑顔のwoolに夜姫胡も笑顔で返した「順調です。いい兄貴なんですよ。早く彼女が出来るように磨いています。では失礼いたします。相談関係で助言して頂くことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いいたします」
 再度一礼してエレベーターホールに向けて歩き出した。woolは黙って見送っていた。

 ***

 エレベーターが到着し夜姫胡を飲み込んで下って行った。woolは会場を再度点検して問題が無いことを確認し、残念そうに薄く笑った。会場を後にしたと思われたmarinが化粧室から出てきて会場に入って来た。
「どうだった?」
 woolがmarinに問いかけた。
「夜姫胡ちゃんは〈受信出来るタイプ〉じゃ無いわね。感じる程度かしら、残念だけど年末の会合前に選抜落ちね」
「そうでしたか」
 二人は含み笑いをして会場を後にした。

-つづく-


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