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『推し活 -False angel-』 6話-水無月【創作大賞2024-応募作品】
-注意書き-
この話はフィクションです。
登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
夜姫胡はリビングを飛び出していった。やや暫くして旅行に行くような荷物を持って、玄関に向かいながら吐き捨てた。
「たま兄のとこに行くから」それだけ言って玄関から出て行った。
***
電車は少し混んでいて、スマホを眺める夜姫胡の視線は、暗く疲れていた。
――たま兄、もう〈聞こえるかな?〉 うん、そう、泊めてもらってあんがと。ゆう兄が久々に切れちゃって、脳みそ沸騰するかと思ったよ。うん、そうだよね、分かってる。あたしもイラっとしてて、切れ返しちゃってさ、うん、ゆう兄は気づいてないから……問題ないよ。
夜姫胡は会話をしていない。スマホで動画を流しているだけで、ワイヤレスイヤホンから流れているのは、動画の音声だけだった。
コンビニで買い物をして、瑞樹の家に着いた。
「おかえり」
そう言う瑞樹は夜姫胡を迎え入れ、客間に使っている部屋へ通した。都心から少し離れたマンションの高層階にあって、2LDK+納戸と、単身者には広い間取りだった。
部屋は分譲賃貸で、オーナーと知り合いでありその伝手で入居している。家賃はそれなりにする筈だが、〈事故物件〉になり困っていたオーナーに住んでもいいと伝えたところから、今に至っている。
恐ろしいのは生きている人間の方だから、死者にはあの世にご退出頂いたと思っていて、霊障もなく、快適に生活していた。
「風呂入るんなら自分で張ってくれ、おれは済ませた後だから」
客間から出て来た夜姫胡は、頷きながらソファー代わりに置いてある大きなクッションにダイブした。
「たま兄……ゆう兄も〈同じ〉だったら、こんな苦労しないのかな」
「かもな、〈ゆう〉は感情が高ぶるとガッツリぶつけてくるからこっちが弱ってると辛いだろう? 夜姫胡も疲れてるようだし、冷凍庫のアイスでも食って早く寝ろ」
「うん、風呂入って、アイス食ってさっさと寝る!」
スマホが反応している。手に取りながら「ゆう兄に〈チカを推している〉と思われてて、あたしがゆう兄を推していること知って、こっちを殺人鬼を見る目で突っかかるから、マジ切れしちゃったよ」
口元は笑っていた。
「そうか、やはりな」
そう言う瑞樹も笑っていた。
十分近く、リビングに音は無かった。夜姫胡はスマホを見ていて、瑞樹はテレビで動画配信サービスの映画を見だした。
「じゃ、今後の方針はその案を採用で、あたしの事は心配しなくていいよ。楽しく〈推し活〉してるから」
夜姫胡は風呂場に向かった。
夜半、客間のベッドで寝ている夜姫胡に電話が入った。半分寝ぼけながら出た相手は〈ゆみちん〉だった。
「ごめん電話して、急いで知らせなきゃ物件で、文字残しはヤバイからさ」
「なになに」
「運営から、直DM貰ったよ」
「マジで!」
「さっきね、UI改修のチームに入れそうだってメッセ来たよ」
「やったね! ゆみちん優秀だから」
「進展あったら連絡するね。おやすみ」
「うん、おやすみ、ゆみちん」
スマホを胸元で握りしめ、何かを決意した表情で天井を睨んでいた。
***
「侑喜、顔色悪いな。ちゃんと食ってるか?」
ハジメに指摘されたがそれほど体調は悪くない。夜姫胡が瑞樹の元に去ってから数日経っていた。
ぬるくなったコーヒーを口に運びながら「大丈夫だよ」
返事になっていないが、ハジメは納得したようだった。
ここは以前会合に使った新宿南口方面にあるカフェだ。これまでのまとめと今後についてハジメと話していることろだった。
「〈false angel〉についてVIPの伝手から接触を図ったけど、他の対応中だからって断られ中」
「どうやってVIPの伝手なんて見つけたんだ?」
「たまたま大学の友達がそのアプリでVIPだというから、ちょっと協力願ったってわけ」
「理由話したのか?」
ぼくは怪訝そうな表示を隠せなかった。
「そこは抜かりない。『おれの妹がアクセ制作で実績のあるVIPに相談したいそうなんだけど、支援申請しようにも対応中だろう? なんとか連絡だけでもとれないか』みたいな感じで話持ってったら、気軽に請け負ってくれた」
「へえー、その友達知り合いなのかな?」
「話を聞く系の絡みで会員を仲介したことがあると言っていたよ」
「進捗は、これ見て」
そう言って見せたアプリ画面には丁寧な断りの文面が表示されていた。
「ご指名いただき嬉しく思います。支援対応させて頂きたい気持ちはあるのですが、現在支援中の案件が長引いているので対応出ません。本当にごめんなさい。その代わり、もしよろしければ〈marin〉さんにマッチング依頼できるよう、こちらから連絡できます。興味があれば返信ください。良い推し活ができるよう願ってますね」
「あれ、けんもほろろってやつだ」ぼくが言うとハジメは苦笑いだった。
「ところがだ、この〈marin〉が凄い人っぽい」
「どういうこと?」
「やり手のVIP」
「え? どういうこと」
ハジメは氷が解け切ったアイスコーヒーを一口飲んで言った。
「まず、普通にマッチングの手配を速やかにしてくれて、推し活目標は達成できた。さらに、〈angel〉として暫く見守ってくれると言う」
「何〈angel〉って、妹さん大丈夫なのか?」
「おれに妹なんかいないよ」
ぼくは呆気にとられた。
「そういう魂胆か」
「そういうこった。angelっていうのは支援してくれるVIPの通称みたいなものなんだってさ」ハジメはニヤリと笑った。
「新たな月間目標におれの名前を使って、仲直りしたいとぶち上げた」
「なんでまた」ぼくは呆れていた。
「やっぱり、おかしいよあのアプリ。関口さんはVIPの大多数が高性能なAIじゃないかって言っていた。普通会員の支援に回っているVIPの数が多すぎるっていうんだ。無償ボランティアだがらね、特典だってたいした事は無いし。事実口コミでも、少しづつVIPはAIって噂になっている。対応が丁寧でしっかりしているから、評価はいいままだけど」
ここでハジメは一息ついて「結局、AIが幅を利かせているかもだけど、満足度は高くていい評価のアプリって感じだ。あの過激なアイコンに繋がる経路が全く見当たらなくて、今のところお手上げ」
ハジメはお手上げポーズをとった。
「そうか、そうだよね。そもそもあの過激なアイコンが表示されるアプリを入手しないことには、お話にならないよな」
「marinさんが親身なって相談に乗ってくれるから、ちょいと仕組んでみるよ。相手がAIじゃないことを祈ってくれ」
そこまででハジメと別れた。
まさか永遠に別れることになるとは、思ってもいなかった。
-つづく-
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