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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep16 目覚めの時

〈最終階層〉

 そう書かれた重い扉を開けると、日差しの柔らかい、見渡す限りの草原だった。
 どこか既視感が否めない。

 いつでも行けるように、神剣を構えて臨戦態勢で待つ。

 ――かのん

 おれは、明らかに狼狽した。
 あってはならない声を聴いたからだ。

 ――かのん、僕だよ

 神剣を振り回し、わめき散らした。
「おい! おっさん! やっていい事と悪い事の区別くらいつけろよ! この精神攻撃の落とし前は高くつくからな、首洗って待ってろ!」
 言いながら神気の圧が増し、あたりが発光で視認できなくなっていく。

 ――相変わらず短気だな

 おれは、腰を抜かした。
 本気で腰が抜けて、神気の輝きが消えた。神剣も手から消えてしまった。
 
 目線の先、ほんの三メートル先に、背の高い勝気な目をした少年が立っている。
 弦月宮の寝所にある、写真立てに映っていた少年その人であった。

「だって、イオ、お、おまえ、もう、会えないはずじゃん。ふざけんなよあのくそおやじ! 絶対殺してやる」

 イオはおれの傍らにかがみ込んだ。
「そう言いなさんな、僕がラスボスじゃ不満かな」
 ふふっと笑いながら、イオは数歩下がった。属性が黄泉なのは見ていて胸が苦しい。
 おれは立ち上がった。

「おれのこと、まだ、〈かのん〉って呼んでくれるのか?」
「僕は、その呼び方しか知らないよ。死ぬ間際まではね」
 イオはぺロッと舌をだした。

「あの、ドSおっさんは、おれ達に何やらせようってんだ」
「うん、お題は、僕の中にある〈かのんの髪の毛〉を取り戻すこと」

 おれは、自分の顔が険悪になるのも構わずイオに聞いた。
「イオ、それは出来ない相談だと言ったよな」

「うん、言われたね。けど、もう一回死んだからいいんじゃない? そんなことよりも、かのんはあの後、人についてどう感じて過ごしたか、僕はそこが知りたい」
「人? イオと別れたあと、ひと転生かましたよ。そしたら殺されそうになって、結局神様稼業に戻されて今ココ」
 おれは自分を指さし、頭を一振りして――
「おれの髪の毛取ってしまったら、魂が即時霧散するぞ。出来るわけない」

「かのんは、未完全だ」
 イオが一歩進む。

「来るな!」
 おれは振り払うようにイオに手を向ける。

「かのんは優しいから、僕と出会うことになった原因が分かっているのに、周りには忘れたふりをしているんでしょ? つらいよね」
 イオから顔を背けた。図星を突かれるのは居心地が悪い。

「おれの事はいいんだよ。この世界じゃ、いらない奴って分かってるからな。そういう者だから。裏切られ捨てられるのが初期値設定されているのさ」
 顔を上げた。しっかりと見て二度と会えないと思っていた者の姿を記憶の中に書き込んでいく。

「イオこそ、おれの言うこと無視するから、あんな死に方して後悔してないのかよ」
「してないよ――本当だってば」
 手を振りながらイオは笑っていた。あの頃と変わらない笑顔だった。

 笑顔のままで残酷な物言いをした。
「僕は、かのんに髪の毛を戻しても、僕が生きた時間は消えないし、かのんは覚えてくれていただろう? 人を、人世界を理解しようとしてくれてありがとう」

「やめろ、別れの挨拶なんてもうたくさんだ!」
 おれは耳を塞ぎ座り込んだ。

 イオが傍らに座り込む。塞いだ耳にイオの声が届く。
「僕は、かのんの髪の毛を一本、体に宿して生まれた。かのんは、かのんの体の一部を共有する僕を、兄弟だと思っていたんでしょう? どっちがお兄ちゃんか論争は決着しなかったけど、この縁は切れないよ、永遠に」

 おれは、両手をつきうなだれていた。
「僕の中から、かのんの残りを受けだして、翔琉かけるとして前を向く時期なんじゃないのかな」
 振り向いた先で、イオは笑っていた。

「避けられない?」

「うん、避けられないね。かのん、泣き虫だから、速めに終わらせないと目が曇って手先が狂ってしまうよ」

「ぬかせ」

 おれは、腹をくくった。

 この世界のことわりに囚われる限り、
〈三界の理から外れしモノは如何に懇意な者でも、容赦なく破壊する〉――このなすべきことから逃れられない。

 イオはおれの髪の毛をひとすじ持って生まれたが為に、安らかに死ぬことすら許されず、その魂は死してなお、安息の時を迎えることは永遠にない。イオには全く落ち度がないのに、不条理な三界の理のなせる業だった。

 イオが死ぬときに、そう宣言しておれの手で冥府へ送った。
 その時も、笑顔だった。

 初めて、兄弟が出来たと思った=勝手にだけど。
 初めて、人を理解したいと思った。
 初めて、世界が楽しいと思った。
 ――全部、イオが教えてくれた。

 立ち上がり、イオの動かない心臓に手をあてる。手は体に吸い込まれ、髪の毛を握りしめた。
「そうだ、あの子によろしく」
 イオの体は、魂の消滅をもって霧散した。

 おれの手には、一本の髪の毛が残り、体に吸収されていった。
「お兄ちゃんはイオでいいよ……ってか、あの子って、誰だよ――」
 後半は涙声だった。意地で空に顔を向けたが、頬を流れるものを止めることはなかった。

 ***

「祝! 釈放おめでとう」
 四か月以上の療養を終え、弦月宮げんげつきゅうに帰還したおれを、いつもの二人が迎えてくれた。
 午後の日差しが厳しくなっている。夏本番が目前まで来ていた。

「釈放とは、物騒だなシェリル」
 おれは青い着流しで、檜のテーブルで苦笑いを浮かべていた。

「そんな事ないわよ翔琉ちゃん! 面会は出来ないわ、帰って来たらきたでエラク男っぷりが上がっただじゃない? 何があったか教えなさいよ」
 肘で突いてくるし。
「そうだな、どうしたどうした、富士山の地下に翔琉好みの美女でも居たのかぁ」
 九郎がルーエから届いた神酒の樽を担いでやって来た。

 ***

 泣きぬれて、ボロ雑巾みたいに倒れて、几帳の中で目を覚ましたおれは、妙にすっきりしていた。
 イオの魂が解放され、無に返されたことを、本当はおれが一番喜んでいたからだ。

 ダンジョンはクリアしたから、弦月宮に帰ろうととこさんに連絡を入れたら、大いに驚いた顔で直ぐにそちらに行くと言って飛んできた。本当に、飛んできた。

 何事かと思ったが、使い魔達に大きな鏡を用意させ、おれを前に立たせたのだった。

 伸びてしまった髪はいいとして――これ、おれですか。
 そこには身長が5センチ伸び、ちょっとだけ男らしい身体つきをしたおれがいた。
 顔は相変わらず女臭いが、少しはマシになったかもしれない。
 へぇ~とかほぉ~とか言いながら、自分を見つめてるおれに、何か気付いたように常さんが声を掛けた。

「翔琉、十五歳の誕生日おめでとう」
「え? おれ人じゃないから誕生日ってないよ」
「いやいや、身体の成長は止まっていたから、何かの素養で十五歳の身体になったのであろうよ」

 常さんはとても嬉しそうだった。

 ***

「翔琉ちゃん、人の十五歳って言ったら元服でしょ? 浴びるほど飲ませてあげるから、竹のお山で会った詩里香しりかちゃんの事詳しく話しなさいよね! 話さないと――完成した対人用神気対策アイテムの事教えてあげないんだから」

「何! この酔っ払いめ、それは人世界の話だろう、いつの時代だよ、おれには元服は関係ないの! 一人前の神様なの!」

「ぎゃははーーそりゃいい、よっしゃ! 朝までコースだ。ルーエ様から飲みきれない量の神酒も届いてるし」

 あるじより先に酔っぱらってるタメ口の眷属。
 快気祝いの筈が、尋問を交えた宴会……めちゃくちゃだが、これがおれ達なのだ。

「よし、絶対潰れないで通してやる。何もしゃべらないからな!」

 明け方まで弦月宮の喧騒が途絶える事はなかった。

-Sleeping Beauty -眠り姫- 編 完-


 ここまで読んで頂きありがとうございます。
〈スキ〉を頂けると創作の励みになります。よろしくお願いいたします。

 <あとがき>を別途ご用意しております。
 お時間が許せば一読いただけますと幸いです。

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