「炊事という糧」毎日ショートエッセー:古い羅針盤144章
円安が続いている。国力低下と騒がれ、物価高の理由にされているが、どうにか社会は平和を維持している。経済格差は存在し、常々自然災害の脅威に晒されているが、それにも慣れてしまった日々が流れゆく。海外から来る旅人たちは円安にも関わらず、変わらぬ高品質な文明に驚いている。何故だろう?そう考えるべきなのだろう。多分、ずっと昔から日本はこうなのだろう。全て、自分たちでやってきた。少ない資源を上手に活かし、その分は勤勉な労働力で補ってきたのではないか。共和主義、あるいは、ある種の社会主義にも近いのかも。世襲に近い政治体制も、弱体化したとはエリートたちで構成される官僚や大企業の幹部たちも、所詮、農民由来の庶民である。産業革命後に徐々に中世から近代化を果した欧米諸国とは違い、日本はいきなり議会政治を始め、更には軍拡主義を踏襲し、その敗戦後には資本主義の先端を走って来た。しかし、全ての民は平等であるという和の精神に変化は無かった気がするのだ。社会然り、家庭然りである。「本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ」:コウケンテツ氏を読んでいる。
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