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それをロマンというんだよ

マッサージを受けたら揉み返しのせいか具合が悪くなったので、電車を途中で降りてタクシーで家まで帰ることにしました。
以下はその時のタクシー運転手さんと私の会話です。

「お客さん、おれ、ふだん池袋のほうだから道わかんないので教えてね」
「はい」
「具合悪いの? そこの病院寄ろうか?」
「いやいいです」
「いやーこのへんすっかり変わっちゃったねえ」
「こないだ池袋行ったけど、そっちも随分変わってましたよ」
「いやー池袋も変わった変わった、昔なんか怖くて道歩けなかったもの」
「怖い?」
「おれ都立高でしょ、道歩いてると向こうから白のドカンみたいなズボンはいた帝京の連中が7.8人歩いてくんの。それでおれら目が合っただけであっという間にボコボコよ」
「なにも悪いことしてなくてもですか」
「そーだよ、都立の生徒弱いからさあ、帝京とか国士舘にナメられててつかまったらおしまいよ」
「こわーい」
「でしょ? だからおれたち、肩ちょっとでもかすったら大変だと思ってヒヤヒヤしながら歩いてたのよ」
「池袋こわーい」
「しかしいやー、あの病院、すっかり綺麗になっちゃったねえ」
「さっきの病院ですか」
「そう、おれ昔、あそこの院長の娘と一瞬いい仲だったの」
「へーそうなんだ」
「まー、一瞬で振られちゃったけどねえ。40年前よ? あんたまだ生まれてないでしょ」
「ははは」(11歳です)
「おれヨシオっつうんだけど、その子ヨシ子さんっつってさ、なんか運命な感じない? おれサッカー部のキャプテンで、ヨシコさん別の学校のマネージャーだったの。それで接点あったのよ」
「そうなんだ」
「いやーヨシ子さん、あの頃からアタマ良くてさあ、なんといま院長先生だって」
「それで今日会ってきたんですか」
「会うわけないじゃん、ちょっと前に手紙出したのよ。そうしたらヨシ子さんから返事きてね。いやー嬉しかったねえ。ちゃんとおれのこと覚えててくれたんだって」
「付き合った相手ぐらい覚えてますよ女は」
「そう? そうなんだよ、だからおれ、今あの病院どうなってんのかなーって今日つい見に来ちゃったの」
「池袋からですか」
「そうよ池袋からよ」
「そんなに好きなら会えばいいのに」
「それがヨシ子さん、なんと今青森なのよ。青森の病院で院長先生やってんだって。ほらおれ、ネットでちゃんと調べたんだよ」
「わーすてきな方じゃないですか」
「だろ? 住む世界が違うってのかなあ、ヨシ子さん、あの頃からアタマもめっちゃよかったもんなあ」
「じゃ青森行ってくりゃいいじゃないですか」
「え?」
「だって手紙の返事きたんでしょ? 行ってお茶ぐらいすればいいのに」
「行けねえよ」
「なんで?」
「青森遠いんだよ」
「だって国内じゃない、それとも心の距離の問題?」
「そんなんじゃねえよ、だって青森よ? カネかかんのよ、ほらみてよこの青森旅行のパンフレット」
「いちおう検討はしてるんだ」
「調べたら片道2万5千円よ、往復で5万よ、なんだかんだで10万かかっちゃうのよ」
「ヨシ子さん10万の価値ないですか」
「そんなこと言ってねえよ!」
「おじさん声大きい」
「そりゃーおれだってヨシ子さんに会いたいさ、でもおれにょうぼ子持ちなのよ?、にょうぼにバレたらどうすんの」
「会ってお茶するだけなんだからいいじゃない」
「だからさっきも言ったでしょ、カネかかんのよ、10万よ。そんなカネあったらにょうぼ子供にもっといい思いさせてやりたいのよおれ」
「じゃおれはそれでもいいの」
「うーん」
「頑張ってへそくりためたら?」
「へそくりい?」
「そう。それでちょっと疲れたから恐山でも寺山修司記念館でも見に行くってにょうぼに言えばいいじゃない」
「どうやってにょうぼに内緒で10万もへそくるのよ」
「そんなの自分で考えてよ」
「なに? じゃあそれでおれ、青森行ってヨシ子さんと10万でお茶だけして帰ってくんの?」
「それをロマンというんだよ」
「そのロマンいくらなんでも高くねえか」
「高くないよ、だって10万円で40年ものの恋が買えるんだよ? そんなの安いくらいだよ」
「うーん」
「あ運転手さん、そこのローソンのとこで降ります」
「あそう? はい810円」
「ありがとう、頑張ってへそくりためてね」
「ああ、あんたもお大事にな」

人の心のゆくえほどわからないものはないといいますが、それでもなんとなく、なんとなーくですが、私、ヨシオさんは車中で私に声をかけてきた時点で、もうご自身で答えは出されていたように思うんです。

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