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web3の思想を理解するための前提知識:【第5話】 ハンナ・アーレント

ハンナ・アーレントは、ナチス・ドイツから亡命して米国で活躍したドイツ系ユダヤ人の政治哲学者です。「全体主義」についての研究で有名で、自由や多様性を尊重せずに個人の利益を国家の利益に従属させる全体主義を厳しく批判しました。

アーレントは、異なる立場や意見を持つ人々が共存する「複数性」という概念を提唱しました。彼女によれば、政治の本質は、異なる意見を持つ人々が互いに尊重し合い、協力しながら共通の目的を達成することだと考えます。

アーレントの思想は、現代社会において重要な示唆を与えており、その考え方を学ぶことは、社会的な課題に対する考え方を深める上で役立つと言われています。アーレントの思想は、web3社会の実現にも重要なヒントになる可能性があるかもしれません。 本レポートは、アーレントの思想について簡単に紹介します。

ハンナ・アーレントとは

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906年〜1975年)は、ドイツ系ユダヤ人で、ナチスが政権を獲得しユダヤ人迫害が起こる中、米国に亡命しました。米国の複数の著名な大学で教鞭をとるなど、政治哲学者として広く知られています。

アーレントは、自身が経験した全体主義について分析・考察し、特に1950年代から60年代にかけて西欧諸国の政治思想に大きな影響を与えました。

全体主義の定義と特徴

「全体主義(Totalitarianism)」とは、個人の自由や社会集団の自律性を認めず、個人の権利や利益を国家全体の利益と一致するように統制する思想または政治体制です。この体制は、近代的自由主義を否定し、個人が自己の利益ではなく国家のために生きるように強制することを特徴とします。歴史的には、ナチズムのドイツ、ファシズムのイタリア、そして冷戦後のソ連などの社会主義国家が全体主義の例として挙げられます。

アーレントは、「全体主義の起源」という著書において、ドイツのナチズムやロシアのスターリズムといった全体主義が、どのように形成されたかを歴史的事実を様々な観点から考察しました。

国民国家の形成により生み出された大衆が、全体主義的な運動が台頭する土壌を作り出した

17世紀のイギリス市民革命や18世紀のフランス革命などを通じて、絶対王政に対する批判が高まり、君主から「国民」が主権者の位置につくことによって、近代国家が形成されました。その後、ヨーロッパの多くの地域でも市民革命が起こり、近代化が進められました。こうして成立した国家が「国民国家(nation-state)」であるとされます。

19世紀のヨーロッパでは、フランスの台頭が大きな要因となり、強国から自国を守るため国民国家を形成する必要性が生じました。国民国家を形成するには、国民の結束感を醸成する必要があり、共通の敵意識を育む政策を採ることも必要になりました。さらに資本主義の発展により、階級の存在が薄れ、どこにも所属しない大衆が生み出されました。

アーレントは、市民社会を構成する市民は、積極的に政治に関与し、自らの権利や利益を追求するため行動するが、一方の大衆は、自身の利益を把握できず、政治に無関心で、政府からの恩恵を待つ傾向があると分析しています。

社会の不安が広がると、普段政治に関心を持たない人々も政治について話すようになり、こうした状況では、深く考えずに行動する大衆は、切迫した感情を抱き、分かりやすく安心できるイデオロギーを求める傾向があると指摘しています。

要するに、現状から救済してくれる物語が大衆により渇望され、アーレントは、こうした状況が全体主義的な運動の台頭につながったと考察しています。

アーレントは、異なる意見や視点が尊重され、対話や討論を通じて共通の目的を達成することができる「複数性」を極めて重要な原理とする

アーレントは、政治で求められるべき状態として「複数性(plurality)」という概念を提唱しました。政治的共同体において、多様な人々が互いに異なった視点や意見を持ち合わせ、それを共有しながら協力していく状態が必要だと考えました。 これによって、より多様で多角的な判断が可能となり、より正確な判断が生まれるということです。

一方で、全体主義では、異なる意見を持つ者との対話がなく、同じ角度からの思考を強いられるため、複数性が破壊されます。全体主義が公的領域を破壊し、異なる意見を抑圧された状況が続くと、人々は分かりやすい言葉に反応しやすくなり、同じ方向に進まされることが可能となるとアーレントは指摘します。

アーレントは、複数性を奪う行為や計画は許容できないと強く主張しています。 複数性が担保されている状況では、全体主義は上手く機能しないということになります。全体主義は複数性を破壊するために絶対的な悪を設定し、人間から考えることを奪うのであり、そのような状況をアーレントは無思想性と表現しました。

最後に:アーレントの著書から学べること

アーレントの著書から学べることは多岐にわたります。このレポートを執筆するにあたり参照した「悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える」や「今こそアーレントを読み直す」では、著者の仲正昌樹氏は現代社会でも全体主義支配が起こりうることを指摘しています。特に、安定と不安のギャップが大きいほど、人々は、分かりやすいストーリー的世界観に惹かれる傾向があることや、政治に無関心だった人たちが危機感を感じて急に政治に過大な期待を寄せるようになることが全体主義への道につながる可能性が高いことに注意を促しています。

さて、アーレントの思想には、グレン・ワイルとオードリー・タンが提唱する「plurality」と共通するところがあるのでしょうか?次回以降のレポートで、これらの思想を比較しつつ掘り下げ、まとめていきたいと思います。アーレントの思想が、web3の思想背景や実現で重要な鍵になるかもしれないと思うと、哲学や社会思想について学び続けることがますます興味深く感じられます。まさに、ラビットホールに飛び込んだ感じです。🐰

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