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【百人一首】(わが袖は/九二・二条院讃岐)

我(わが)袖はしほひに見えぬおきの石の人こそしらねかはくまもなし
(九二 ・二条院讃岐)

【解釈】

私の袖は、沖合の海の底にあって潮が引いても見えない石のようなもの。
人には知られていないし、そしてあなたも知らないのでしょうけれど、あなたを思う涙に濡れてばかりで乾く暇もないのです。

出典は「千載集」恋二 七五九。
結句の「かはくまもなし」は、千載集では「かはくまぞなき」と係り結びになっています。

作者は二条院讃岐(にじょういんのさぬき)。平安末期から鎌倉初期を生きた人です。

歌人としても有名だった源頼政の娘で、名は伝わっていませんが本人も歌の名手として知られていました。

この歌は「寄石恋」というテーマの題詠によって作られた一首。

石に寄せる恋って何やねんという感じですが、有名な先行作品としてこんな和泉式部の作がありました。

わが袖は水の下なる石なれや人に知られでかわく間もなし

したがって、これが元ネタになっている本歌取りの作品とされています。

和泉式部の詠んだ「水の下なる石」はどちらかというと静の印象。
池や湖の底にじっと沈んでいるような、ひっそりと人目を忍ぶ恋の趣があります。

対して二条院讃岐は「おきの石」。沖合いで波にさらされ続ける、海の底の石。動きと距離を感じさせます。

より一層のもの淋しさと悲壮感があり、熱い恋心が印象づけられる効果もありますね。ちょっと重め。フラれている感も強め。

平安が終わり鎌倉へ変わる激動の時代にあって、二条院讃岐が和泉式部の歌をどんなふうに味わっていたのか。どんな恋に生きていたのか。

なかなかに心ひかれる歌であります。

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