見出し画像

【短編】春にふる雨

春の雨は何だか胡散臭い
そう感じてしまうのは、俺が幸せじゃないからなのだろうか。詐欺グループが笑顔で近づいてきて、幸福を目の前にぶら下げておきながら、最後には奈落に突き落とすみたいな。期待させておいて非情に裏切る、みたいな。そんな冷酷さを含んでいるような気がするんだ。何故、こんな事を思ってしまうのかは、自分でも説明できない。ただ、どうしても春の雨を俄に信用できない自分がいる。春に降る雨は優しい。いや、春に降る雨こそ残酷だ。冬の未練を一掃して、春を急かして重責をかける。本当に、容赦なく降り続ける。あぁ、無情。きっとせせら笑いながら、降っているんだ。神の戯言のように、冗談めいた音を躊躇する鼓膜にふらせて、震わせる。

貴方の居場所はもうないわ
先日、俺は離婚を宣告された。
結婚生活なんて、いつ終わりがくるか判らないくらいに、あっけなく終わるものらしい。妻のあんな顔を初めて見た。さめざめとしていて、どこか諦観しているような。感情をなくした言葉の羅列が、どんな怒声よりも恐ろしく響き、刺々しく冷たい痛みを与えるという事を、俺は初めて知った。
春の雨は、俺の痛点を刺激する。妻は凍らせた笑顔で、俺の心を容赦なく刺し続けた。妻のなかに俺は、もう存在してないようだ。妻の心から俺は追い出されたんだ。
春は当然また巡って来るものと、雨が必ず季節を移ろわせてくれるものと安心しきって、冬のままの夫婦関係を俺は放置し蔑ろにしてきた。妻の忍耐強さに頼りきって、勝手に期待していたんだ。春に降る雨が変わらず桜を咲かせるように、夫婦の愛情の不変さを信じて疑わなかった。愚かすぎる俺のただの傲りだ。

貴方にはもう何も期待していないわ
ボソリ、ボソリと呟かれる妻の言葉が、俺の痛覚を刺激した。春の雨の一粒一粒が、妻の言葉のように感じるんだ。だから、だろうか。耳を疑いたくなるような、俄に信じがたい妻のさめざめとした冷酷な言葉。それを冗談だと思いたい心が、春の雨にそんなイメージを抱かせてしまうんだろうか。

ファミレスで時間を潰しながら、俺は今日も後悔と自責を脳に垂れ流す。冷めた珈琲をすすり、激しく窓を打つ春の雨を見つめた。
「冗談なんだろ?」
春の雨にボソリと呟く。
「……滑稽、だな」
あまりの馬鹿馬鹿しさに俺は、自嘲した。





ー完ー













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?