【時代小説】 人斬り、落椿 - 弐 -

†*† 闇の雪 †*†


皓月千里。
雪の闇夜を照らすひかりに、神の助けとばかりに私は胸を撫で下ろす。
見失いし者を導くが如く、月光が獣道らしきものを照らし出す。
雪に囚われ重くなる足取りで、恐る恐る従いて進む。
しばらく進むと道が開け、其処に広がるは何とも奇怪なる景。
雪の塚、雪の墓と言わんばかりの何とも奇妙な雪の小山。
其れ等が無数に存在していた。
獣の仕業かと、ようよう目を凝らして観てみれば、何と人の影らしきものが。
どうやら此れ等を作っておるのは、獣ではなく人間。
私は生唾をごくりと飲んで、その人影のもとに恐る恐る近づいてみた。
背後から観るに、人影は侍らしき姿をしており、獣の尻尾のような銀髪をひとつ結いにした細身の青年らしかった。
少し安堵した私は、躊躇いながらも青年に声をかけてみた。
しかし返事はない。
聞こえなかったか、よほど集中しているのだろうと思い、ゆっくりと青年の前まで回り込んでいく。
そしてかなり近づいて青年の姿を視た。
其処に在ったのは、何とも痛ましき姿であった。亡霊のような生気のない顔、そして酷き皹の指。
雪の塚が青年の血で薄紅色に斑に染まっている。
私は顔を強張らせ、一歩後退る。
しかし何故か逃げ去る事はできず、気づけば青年に訳を訊ねていた。
刹那、青年の指の動きが止まり、ごく幽かな声にて静かに告げた。
贖罪なり、と。
私は目を剥いて青年を凝視し、言葉を失った。
……贖罪、か。
皓月千里。
導かれし道にて運命を知った気がした。

しばらく茫然と眺めていた私の背後から、男の声がした。
その声は青銅のような重厚さと刃のような鋭さを併せ持っていた。
「あれは贖罪なんかじゃねぇ」
一陣の刃の風が、雪の情を断ち斬る。
「ただの悪足掻きだ」
振り向くとそこには、青年よりも大柄な上背の男が立っていた。
「あんたもひかりを見誤らないようにな」
男が見守る視線の先には、取り憑かれたように雪を積み続ける青年の姿があったのだが、遂には力尽きてしまったのか、そのまま雪塚の上に倒れ込んでしまった。
やれやれと深い溜め息をついて、男が青年のもとに歩みよる。
そして青年を軽々と肩に担ぎ上げた。
「愚かな弟子を持つと苦労が絶えん」
そう呟いて、鋭くも優しい視線で私に付いて来るように促した。
「あんたもどうやら同じ類のようだな」
視線を逸らして俯いた私を、男が鼻で笑う。
「闇の雪ほど、厄介なものはねぇわな」
「……」
「闇の雪は人を惑わせ、迷わせちまう」
吹雪は容赦なく、我々の視界を遮り危うくし続ける。
しかし男に担がれた青年の指先を纏う雪は、傷を癒すように酷く優しい。

闇の雪は罪人に優しい。
其れは、容赦なく残酷なまでに……。


                                               ─ 参につづく ─  

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