地獄にある私たち
世界のニュースを観れば
ふと気づいてしまう
悲惨な事件ばかり
映し出される
ここは地獄としか
捉えようもない
そう思えてしまう
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
新シリーズ【癒や詩絵物語】
今回は、道術家である私が一冊の本から感じたままを詩と物語へ編み、朔川揺さんの絵に添えました。
創作の背景など、別サイトへ揺さんとお喋りしつつ公開しております。
では早速──
☆☆☆
昔々あるところに王太子がいた。
彼はこの世を憂いている。なぜかといえば、世に貧困があり、病は巣食うからだ。
誰もが老いて死んでいく。
繊細な彼は、そうした現実に耐え忍ぶ粘り強さを保てなくなった。ついには妻子も王家も捨てたのである。
森へ入って菩提樹の下で瞑想する。そうして何年か過ぎ、ようやく悟りを得た。
この世は幻想なのに、人が欲で振り回されている。欲の観念を捨てれば、心は平穏で満たされる。
平穏な心で生きればよい──
彼は一冊の本も書かなかった。伝道によって帰依した弟子へも、教えを書き残さないよう言い含めたのである。
言葉は不完全。場の雰囲気は伝わらず、語り手の思惑を違えて広まるから。
にも拘らず、彼の死後二千数百年を経て夥しいばかりの書物が出回っている。
実物と違う彼が──
平和主義者であり、業や輪廻、階級差別や女性蔑視を否定し、平等思想まで唱えたことになっていた。
後世の研究者が、彼にこうあってほしいと懐いた理想像を無意識で重ねたからだ。
☆☆☆
『覚者といってもスマホさえ知らないんだ。今ここで生きるオレらは、身の回りをしっかりと見なくちゃいけない』
『この世は幻想だって悟り澄まして気休めにもならん。悩みぬいて転げ回るほど苦しんで、泣き喚くしかないもんな』
『なんでオレに目があるか。地獄の現実を観るためさ。どうして耳があるのか。この阿鼻叫喚を聴くためなんだよ』
『おっといけねえ。忘れていた。決まってるんだった。生まれてから死ぬまでビシッと何もかも、済んじまった映像なのさ』
☆☆☆
この世は地獄
悩み苦しむばかり
辛くて悲しくて
けれども
逃げなくてよい
怖がらなくてよい
目をつぶらず
しっかり見ても
大丈夫
耳は澄ませて
指で塞がずとも
大丈夫
──全て幻想に過ぎない!
なんて見ないふりして
聞こえないふりして
顔を背けなくても
やっぱり大丈夫
決まっている映像だから
済んでしまった世界だから
きっと乗り越えられる
ものだから
☆☆☆
お読み頂きありがとうございます!
ではまた💚
ありがとうございます🎊