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全てが作者と受けとる側の対話です

昨今では余り行く機会が無いが、美術館や博物館は好きで機会が有れば行きたいと思っている。

結婚していた時には、美術館に行きたいと言うと、夫はこう言っていた。

「そんなん、本でもネットでも見れるやないか、わざわざ行かんでも。」彼は物には価値を見出してお金を払う人だった。

だから体験や経験には、価値を見出さないタイプ、それで必要性を感じられなかったのだろうな。

私は余り旅行に行った事は無くて、(親は子供の頃に連れて行ったと主張するだろうが)子供が出来てから連れて行った旅行は疲れ切っていたので、そんなものかなーと考えていた。

家では本で美術を見たり、ネットを見たりして、実物を見ること無しに、作品を楽しんでいて、私を見ている子供も同様だったようだ。

次女は美術が好きで、オーストラリアに行った時にはアボリジニアートに感激し、東京や青森、奈良でも美術館が良かったと話していた。

東京旅行から帰ってきた時に、聞かれた事が有る。

「お母さん、マティスって見た事ある???」本では見た事あるけど、あんまり興味は無いな。

「本とかでは見た事あるけど、あんまり興味は無い感じかな。」と答えた。

「私もさ、あんまり興味は無かったんよ、でもさ本物を見ると違うよ、もう圧倒される。」今観てきたように、感動を語っている。

「ヘ~、そうなんや。」気の無い返事で返してしまう、だってマティスってあんまり興味無かったからね。

「本当に凄いんよ、大きいからってのも有るけど、直に見ると迫って来る物が違う、絶対に直に見た方がええよ。」良いのかも知れんけど、東京に行く機会無いしな。

私も色んな美術館には行きたいが、せいぜい三重県立美術館とか、名古屋市美術館とか、パラミタ美術館とか、近場しか行けないでいる。

以前奈良に行って、奈良国立博物館は行ったが、次女お勧めの松伯美術館には行かなかったので、後悔が残る旅だった。

ご飯食べたり、お土産買ったりしたら、駅から遠い所には行きづらかったんだよね。

旅の醍醐味って、いつも見聞きしない風景や画を見る事だと思うので、アアー、もう一寸時間を取ればよかったと考えている。

芸術作品って、その物に作者の思考が入って居て、それが印刷した紙では余り伝わらない。

実物と対面してこそ、解る感覚がある、小説なども今では解説している動画や、紹介文が有ったりするけれど、本当のところは読んで見ないと解らない。

作品は全てそれを創造した作者との対話で、自分が受けとるものは、作者の思いとは違うかも知れないが、作者の感性は感じる事が出来るのだと思っている。

芸術作品の鑑賞は受け取る側にも、様々な感情を想起させるものなのです。

スタンダール症候群という言葉が有るらしい。

このスタンダール症候群は、圧倒的な数の芸術作品や文化的体験に直面したときに起こる心因性の症状らしい。

これは作家のスタンダールが1817年に見識を深めることを目的に、ヨーロッパの各地を巡るツアーに出たことに起因する。

イタリア・フィレンツェ市が観光関連サービスの一環として運営する公式サイト「Desination Florence」によると、スタンダールが芸術に触れた体験を日記書いていて、そこで、自分の高揚を書いていたのだ。

「芸術がもたらす天上にいるような感覚と熱烈な感情がぶつかり合うほどに興奮し、(フィレンツェにある)サンタ・クローチェ聖堂を出るときには、心臓の鼓動が早くなり、活力は干上がり、私は落下するのを恐れながら歩いていた」

こんな風に、旅行者が芸術の素晴らしさの前で経験する症状をスタンダール症候群と呼んでいるらしい。

これは旅の高揚感や、睡眠不足や旅によるストレスなどが原因だと考えられるが、これを感じるのはスタンダールだけでは無いらしい。

フィレンツェにあるサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院の精神科の主任医師だったグラツィエッラ・マゲリーニ元教授が調べた所多くの人にその症状が有ったらしい。

ウフィツィ美術館を訪れ、作品に驚嘆したという観光客100人以上を対象にした調査で、多くが突然のめまいや動悸、泣き叫び、パニック症状、発汗などを経験し、中には幻覚が現れたという人もいたと報告が有ったという事だ。

人間の感性(?)恐るべし。

私は奈良や京都の仏像や、絵を見ていると、何とも言えない感情が込上げてくるのと似た感性なのだろうか?

兎に角、人間の感性によってつくられた作品には、人間に与える衝撃が大きいという事なのかも知れない。

いや待て、今ならAIが描く絵や文もある、それは人間に何にも与えないのかな??

きっとそれだって人間に訴えかける物は有るんじゃ無いかと思う、だってこれって全て受け取る側の問題になるからね。

実際、見ていても直ぐに、ヘ~だから如何した、って人も居るでしょ。

作品も作者の気持を語るが、実はそれを作品から受け取って、自分の中に取り込む人にしか、作品との対話は出来ない。

ウーン、絵も書も像も文も、全てが作者との会話なのかも知れないな??




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