【小説】桜を見てから眠りたい
荒れた空が広がっている、今日は春の嵐だ。
桜を散らせてしまう風がこの時期には吹く、風が浮かれて無いで仕事でもしろと言っているみたいだ。
毎年同じ光景が空に在って、毎年桜が咲いて、強い風に花が飛ばされてしまう。
ここには子供の頃から見ている光景が、毎年繰り広げられている、この地はずっと変わらない。
これまでも、きっとこれからも、この桜並木は花を咲かせ続けて、桜の香りを漂わせ続けるのだろう。
毎年の事だが、やはり桜は見に行かなければならない、家族と仰ぐ桜は格別なものがある。
一緒に行きたいの気持ちが言葉に出る、今から見に行っても桜の花びらしか見れないかも知れないし、夜の中に舞い散る所しか見る事は出来ないかも知れないが。
「おーい、桜が散って居るぞ、早く見に行かないと。」家族に声を掛けてみる。
こちらを振り向いて、怪訝な顔を見せて、その後に笑顔を見せてから、こう言った。
「そうですね、桜はそろそろ終わってしまう時期ですね、でも今年はゆっくり見たでしょ、桜も終わりますよ。」のんびりとした答えが返ってくる。
のんびりした口調に苛ついてくる、何だか自分がとんでもない言葉を発しているみたいな反応だ。
この頃、皆が自分に対して、おざなりな言葉しかかけてくれない気がしている。
「俺は見た覚え無いぞ、大体外に出て居ないじゃ無いか?」思わず声を荒げる、桜は春の楽しみで、忘れる訳が無い。
こちらに向いている顔は困った顔をして、もう一度微笑んでいる。
「だけど、画面で何度も見たでしょ、その画面は大きいから、良いと思うんだけど。」戸惑った声が聞こえた。
そんなのは見たとは言えない、桜を見るとは風や香りも吸い込んで、感じ取る事だ。
何故解らないのだ、五感を使って感じるのが、桜の季節なのだ、眼で見た物だけで見たから良いとは言えない。
外に出ていないのに、桜が散っている認識を持っている自分に違和感は持っていない。
不思議だがそれは当たり前なのだと、何となく感じているのだ。
「もういい、折角皆で見ようと思っていたのに。」外で見たかったが、ここは我慢しておこう。
今年は外の桜は見れないかも知れない、だが見れない年が有っても良いかも知れない。
今年が駄目なら来年もある、子供の頃からずっと続いてきた花見の習慣は簡単には無くならない。
生きている限り、永遠に続いていくものだろう、人間が生きている限りは。
今日は桜の夢でも見ようと、テレビで流れる満開の桜を目に焼き付けてから、眠りに入る。
実は、この所眠れない日が多い、歳を取ると眠りが浅くなるとは言うが、こんなにも眠れなくなるものだろうか?
誰かに聞いてみたいが、答えを出してくれる人間はここにはいない、ネットを見ていると余計に目が冴える。
昨日も何度も夜中に目が覚めて眠れなかった、それでも仕事が有るから、起きなければならない。
他人にはどうでもいい話だが、自分自身としては大変な問題で、仕事中に眠る心配をしている。
人は夜眠りにつく時に、眠たいから寝る、寝なくてはならないからではない筈だ。
それが如何だ、自分は寝る必要が有るからと言って、ベットから出る事が出来ない。
眠るのは楽しみだと云う人も居るが、自分の様に仕事の為に眠らなければ成らないと云うのは不幸な事だな、ベットに横になって考える。
疲れていたのか、考えている内に意識が無くなってきた、ああ、昔の桜の光景だ。
寒い夜桜もなかなかに風流で、コートを着込んで見に行ったものだ、楽しかった時代だ。
そこでテレビが消される様に、いきなり真っ暗な状態になって、何も解らなくなった。
「ねえ、あの患者さん、やっと眠ったの?桜桜って言う人が多いけど、あの人は特別に五月蝿いよね。」1人の看護師が話している。
「そうねえ、この頃では問題が無い限り、AI画像で対応しているけど、家族だと思って見えるみたいね。」もう1人が言う。
並んでいるモニターを見て、時々、1つ、また1つと確認しながら、3人でその場所の管理をしている。
「もう外に出れなくなってずいぶん経つのに、まだ桜を外で見たいなんて、どんな夢を見てるんだろうね。」話を続けている。
「外なんか出ても何にもなくなっているのにね、桜も画像で見るしか無いのに、外で見ようって言うんだよね、この人の家族は如何したのかしら?」AIに対応を任せているので、ゆっくりと話が出来る。
患者の言葉にAIは直ぐに対応して、画面に顔を写して、答えを返している、この管理が一番効率化良いと、いつの間にはあちこちの場所で採用される状態になっている。
「でもね、幸運だったんだよね、だって今ここに居るんだもん、随分と人が亡くなったし、住む場所も無くなったけど、ここに逃げ込めて、生きていられるんだからね。」溜息を付くみたいに言葉が出てくる。
「そうだね、まだ仕事をして家族と生活していると思っているのが幸せだよね。」モニターを見続けながら、話している。
外は何もない荒涼とした土地だ、そこには人も動物も植物も無くなっている。
件の男はゆっくりと寝入ってしまった。
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