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お助けトレーナー

「でね、そのトレーナーが、イケメンなのよぉ」

ママはちょっと、ほっぺが赤くなってる。
お風呂の湯気のせいだけではないはずだ。

最近、ママはキレイになった。
なんでも、仕事帰りにジムに通い始めてから、ちょっと痩せたみたい。
そこで、嬉しくなって「パーソナルトレーナー」ってやつを追加でつけることにしたそうだ。

今、二人で入ってるお風呂の中で、ママは「パパには内緒ね」と言って、急に告白を始めた。

まあ、女だけでしか語れないことだって、あるよね。
私だって、幼稚園のゆう君のことは、パパには言えないもん。

ところで、パーソナルトレーナーって、どんなトレーナーなんだろう。

ママはお仕事でシャツをいつも着てる。
私が着るトレーナーには、そんな文字は書いてないと思う。

ママが言うには、そのトレーナーが、ママが運動するのを助けてくれるんだって。

ふうん。
ママは、いつも私に自分のことは自分でしなさいって言うくせに、自分は手伝ってもらうんだ。

私にも、そんなトレーナーがあればいいのになぁ。
そのトレーナーを着るだけで、お着替えも、ごはんも、すいすいできるようになったらよくない?

ママには、きっと私が自分でやってるようにしか見えないはずだ。
だって、私はトレーナーを着ているだけだもの。

そうすればママだってきっとゴキゲンだ。
「よくできました」って褒めてくれて、おやつにプリンを出してくれるかもしれない。

うんうん、私がラクチンでママも喜ぶなら、いいじゃない。

そんなトレーナーがあったら、毎日着るよ。
明日も着られるように、ちゃんと洗濯機に自分で入れてあげる。

ママはきっと、「どうしてこればかり着るの」って聞く。
そうしたら私は「お気に入りだから」って答える。

ん?
頭の中のママが何か言ってる。

「毎日洗濯したら縮んじゃうわよ」って?

私は空想のトレーナーを見下ろす。
確かに、ちょっとおへそが出そうになっている。

そういえば、最近、あまり手伝ってくれなくなった。
私のトレーナーは、ずいぶんワガママになったんだ。

お箸は難しいからスプーンにしてって?
靴下はママに履かせてもらうの?
コップじゃ飲めないから、ミルクにして?

たいへん。
トレーナーがどんどん縮んで、赤ちゃんサイズになっちゃった。

ママが最近「赤ちゃん返りがひどくて困ってる」って、私のことを幼稚園の先生に相談してる。

だけど、違うの。
私じゃなくて、このトレーナーが赤ちゃんになっちゃったの!

私のトレーナーはもう着られない。
そのせいで悪口を言われるのは嫌だもの。

やっぱり、ごはんも着替えも、自分でしなくちゃダメみたい。
ママはトレーナーに頼るみたいだけど、私はもうしっかり自分でやることにするわ。

「……それでねぇ、今度から週末も、ジムに行こうかと思うのだけど」

ママはまだしゃべり続けていた。
私が空想にふけっていたのにも気づいていない。

「ママ」
「ん? 何?」
「自分のことは自分でした方がいいよ」

ママはキョトンとした。
それはいつも、ママが私に言うセリフだから。

「トレーナーなんかに頼らない方がいいよ」

私はママのためにアドバイスしてあげた。
でも、ママはピンとこないようだ。

「どうして? ママはもっとキレイになりたいよ」
「自分のことは自分でしなくちゃ」

首をかしげるママ。
何だか話が通じないみたいだ。

そこで私はやっと質問した。

「ねえ、パーソナルトレーナーって、なに?」

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