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定規で機嫌を測ってみたら

「よお、今日もボッチか」

講堂で声をかけられた。
またか……アイツはいつも馴れ馴れしくて面倒だ。

「なんだよ、唯一の友達だろ?」

長めの茶髪を目の上で撫でつけながらアイツは言う。

「別に友達ってほど仲良くないだろ」
「まぁ、そう恥ずかしがるなって。コミュ障が治らないぞ」

余計なお世話だと顔をしかめる僕の隣に、アイツはどん、と腰を下ろす。

「今日はな、おまえにプレゼントがある。誕生日だろ」
「なんで知ってるんだ。いや、でも何も要らないよ。断る」

アイツのことだ、ろくでもないものを持ってきたに違いない。
僕の返事を聞きもせず、アイツは鞄をゴソゴソやって何かを取り出した。

「じゃーん。これだよ、これ」
「……定規じゃないか」

十五センチのプラスチックの定規だ。
アイツの持ち物にしては、案外まともな代物に見えた。
いや、誕生日にわざわざ定規を贈る大学生もどうかと思うが。

「あ、『なーんだ定規かよ』とか思っただろ、今?」
「見るからにそうだろ」
「はっはっは! この俺様が、おまえにそんなチンケなものをやるわけがないだろう。これは、ただの定規ではない」
「なんなんだよ、もったいぶって」

そこで何を思ったのか、アイツは自分の額を定規でペシン、と叩いた。
それをそのまま僕に差し出す。

「舐めろよ」
「は?」
「いいから舐めろって」
「新手の嫌がらせか?」
「いいから」

アイツは半強制的に僕の口に定規を押し付けた。
この絵だけ見たらイジメにしか見えない。

「おま、おい、なにを……」
「どうだ」

どうだと言われても。
プラスチックの堅い感触がした。
そして、甘い。

ん? 甘い?

「実験成功だな。これは、長さを測るものさしじゃない。人の機嫌を測るんだ」

俺の最新の発明だ、とアイツは胸を張る。
そういえば、コイツは工学系のよくわからんゼミに所属していたな。

「相手の一部に触れると、味が変わるんだ。機嫌が良ければ甘いし、寂しい時はしょっぱい。激おこなら激辛な」
「そんな都合よくいくものか。もともと甘いんじゃないのか」
「じゃあおまえで試してやろうか」

ひょい、とのびてきた定規をすんでのところでかわす。
コイツに機嫌を測られるなんて、たまったもんじゃない。

アイツは残念そうに肩をすくめた。

「分かったよ。だけどこれは本物だ。昨日、俺の彼女に試してみた――」

アイツの彼女は勝気な女の子だ。
浮気性の彼氏をいつもとっちめている。

「どうだったんだ」
「しょっぱかったさ」

いくらあの子でも、やっぱり浮気されるのは寂しいのかもしれない。

「でな、定規で機嫌を測ったことがバレてケンカした」
「だろうな」
「ついでに、この前こっそり行った合コンのこともお叱りを受けた」
「おまえな、もう懲りたんじゃなかったのか」

呆れてぐるんと目を回す僕をよそに、アイツは悪びれもせずに続けた。

「今回はうまく隠せたと思ったんだけどなぁ。前日にスマホの画面を見られた時は、友達のためにセッティングしてやったんだって嘘ついてごまかしたんだぜ」
「そんなのミエミエじゃないか」
「こう見えて、出まかせと演技には自信あるんだぜ。俺の他に友達のいない、ボッチのコミュ障がかわいそうだから、女の子とくっつけてやろうと思ってさ……って、ありそうな話だろ」

僕はアイツをじっと見つめた。
ねっとりとした視線に気づきもせず、目の前でヘラヘラと笑う男。

「あ、実際におまえを合コンに誘ったりしないから安心しろよ。おまえには百年早い。彼女の前に、まずは友達を作るところからだな」

だけど、百年経ったらもう枯れてるなぁ、なんて、アイツは自分でウケている。

そこで僕は自ら定規をおでこに当てた。

「舐めろよ」
「え?」
「いいから舐めろ」

アイツは舌を出してペロン、と定規を舐めた。

「どうだ」
「辛い」
「だろ」

よほど辛いのか、アイツは真っ赤になってむせている。

「確かに発明品だよ、これは」

僕は講堂を出た。

いい気味だ。
杓子定規に機嫌を測ってうまくいくほど、人間は単純じゃないからな。

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