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願いがかなうエダマメ

枝豆をむいていた。
ひとり暮らしの食卓にちょっとはバリエーションがほしいなと思って、冷凍庫に眠っていた枝豆で豆ごはんを作ることにした。

残り少なかった枝豆を、袋ごとチンしてから全部出してむく。
豆ごはんにするにしても、少なすぎてちょっと寂しいかもしれない。

最後のひとつ。
これで全部だ。

「……おお?」

思わず声が漏れる。
豆のさやからポンっと飛び出したマメは、紫色だった。

『なんでこれだけ……腐ってる? いや、そんなふうにも見えないけど』

その色は、いかにも人工的というか、少なくとも自然に腐敗した感じではなかった。
例えていうなら、エムアンドなんちゃらとかいう、チョコレートにありそうな紫色だった。

これ、大丈夫かな、なんて思いながら、枝豆のパッケージを裏返す。
よくよく目を凝らして見ると、袋の隅の隅にこんな注意書きが書いてあった。

【時折、願いをかなえるマメが混入する場合があります。召し上がりますと身体の一部が変色しますので、食べ過ぎにはご注意ください】

これじゃ、食べさせたいのか食べさせたくないのか分からない。
けどまぁ、食べるなとは書いていない。

私は紫色のマメを食べることにした。
嘘くさいと思いながら、「枝豆をもっとたくさん食べられますように」と、目を閉じて頭の中で念じた。

するとどうだろう。

特に何も変わった様子は見られない。
なぁんだ、がっかり、いや何も期待してないけどさ、そんなふうに自分を慰めながら、枝豆の袋を片付けようとしたところ、

「お、おおっ!?」

袋がパンパンだ。
いつの間にか、中には枝豆がぎっしり詰まっていた。
最初にパッケージされていたのよりもっと多いくらいだ。

私はびっくりして、思わず枝豆の袋を取り落とした。
床に散らばったさやを拾おうとすると……

左足の小指の爪が紫色になっていた。
ちょうど、先程のマメと同じ色だった。

何とも地味な変化だ。
拍子抜けというか、ちょっと安心した。
身体の一部が変色するって、どういうことだろうと気になっていたから。

私は、増えた枝豆をまたむくことにした。
すると、最初のさやから黄色のマメが出てきた。

『これも、もしかして』

淡い期待が芽生える。
私はマメを口にいれ、先日応募したばかりの懸賞を思い出しながら「当たりますように」と願った。

途端にスマホの通知が光る。

スマホをひっつかんで開くと、当選を知らせるメールだった。

「すごい、すごいよこれ!」

私は袋に飛びついて、残りの枝豆を次々にむいた。

途中で私の腕の内側にあるホクロが黄色に変色しているのに気付いたけれど、どうでもいい。
服で簡単に隠せる場所だ。

それよりも、次にまた紫や黄色のマメが出るんじゃないかと、私は興奮してさやをむきつづけた。
ほとんどは、普通の緑色の豆だが、しかし……

最後の一つをむいた時、なんとピンク色のマメが出た。

私は歓喜してそのマメを頬張り「あの人と両想いになれますように」と頭の中で三回繰り返した。すると、

ガサガサッという音がして、アパートの玄関に手紙が差し入れられた。

震える手で手紙を開封する。

あの人だった。

【あなたの黒々と美しく澄んだ瞳が好きです】

私は飛び上がり、手紙を抱きしめて、それから手紙がクシャクシャになってしまったのではないかと慌てて撫でて伸ばそうとした。

そうする間にも頬が勝手にニヤニヤ笑いを始めて止まらない。

やった! あの人が、私を好きだって!
やったーーーーー!

まるで、世界がバラ色に染まっているようだった。

幸せの絶頂って、こんな気持ちなんだ。
本当に、すべてがバラ色に見えるものなんだ。

私は涙目になりながら、あの人が送ってくれた手紙にもう一度目を落とす。

薄いピンク色の便箋だった。

……あれ? 

そうだっけ。
ピンク色、だったかな。
さっき開封した時は白じゃなかったかな。

部屋の壁を見渡してみる。
どこもかしこもバラ色だった。
ごくごく平凡なワンルームで、白い壁だったはずなのに、今やバラ色の壁がこちらに迫ってくるようだった。

背筋に冷たいものが流れた気がした。
私は恐る恐る洗面台の鏡の前に立った。

私の両目は、マメと同じピンク色に染まっていた。

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