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クラフトビールで世界平和!を真剣に考えてみた。


―クラフトビールによる世界平和への可能性を探る―

子供の頃を思い出す。父のランチョンマットにはいつもビールが彩っていた。金色にキラキラと光る飲み物は私を魅了した。大人になったら絶対にビールを飲むんだ、と強く思っていた。

私はビールが大好き。特にクラフトビールには目がない。
クラフトビールを楽しむ時、他のお酒を飲んでいるのとは違う感情を抱く。大げさな表現で恥ずかしいが、「幸福」それに近い感情だ。
そんな自身の感情から、クラフトビールは人を幸せにいざなうことができる、なんてことを常々思っている。

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クラフトビールは幸せを運ぶ

なぜクラフトビールは幸福感を与えてくれるのだろう。こんなことを考えてみた。

美味しいから、クラフトビールは特別だから、インスタ映えするから…。
確かにそうだ。だけど、思ったとおりの味でないときがある、そう特別でもないものもある、インスタ映えはセンスの部分が多い。どれも的外れ。

クラフトビールを探している時ワクワクする。飲む時、やっぱりワクワクしている。飲んだ後、ワクワクを全部吸収して気持ちよくベロベロになる。
なるほど。クラフトビールは、口にする前から私の心を掴んでいる。味や色などの結果ではなく、クラフトビールが持っている物語が好きなんだ。

クラフトビールは、一期一会で刹那だ。時期や季節によって味わいに変化があり、同じ味に巡り会えることは難しい。この魅力に支配されている。
クラフトビールを楽しむ時、ブルワリーの歴史やビールに寄せる思い、提供する方たちの考えなど、自分の手元に届くまでのストーリーに思いを馳せる。それが幸福感に結びついている。

大げさな感情は、「クラフトビールがもたらす幸福感が広がれば、いずれは世界平和に繋がる」という、幼稚で壮大な持論にまで発展している始末。
これは、不可能なのか。この想像を具体的な考えに落とし込みたいと、クラフトビールという存在を飲んで楽しむだけではない切り口で見つめた。
すると、「クラフトビールは経済の一助となる」という筋道が見えた。

飲んで楽しくなって酔っ払うだけではなく、人と人を結びつけ、経済のサイクルを生み出す原石。そんな期待を寄せられていることに気がついた。

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クラフトビールは市場と地域再生の救世主

市場への期待

クラフトビールが日本で認知され始めたのは2010年頃。都市近郊に住んでいる人や、若い世代には広がったが、まだ発展途上にあるビールだ。

まず簡単にビール全体の話をしたい。
日本人にとってビールは最も身近なお酒。コンビニやスーパーには当たり前のように鎮座していて、ビールを提供していない店を探すのは面倒なくらい。
そんなビールの市場を鑑みると、1994年をピークに縮小し続けている。原因は若者のアルコール離れと言われて久しいが、25年以上、V字回復の兆しがないまま月日が経過している。
しかし、ビール市場が苦境にいる中で、クラフトビールは広がりを見せている。要因はビール概念の変化と、新しい価値観の定着だ。

ビールは多様な種類があり、優に100種類は超えているが、多くの日本人がビールとして親しんでいるは「ラガー」の一種類のみ。
それが、クラフトビールにより20~30代を中心にラガー以外のビールがあるという発見が浸透し、市場を牽引している。

クラフトビール先進国といわれているアメリカも市場は順調。
クラフトビールが占める市場シェアは2010年が5%、現在は15%以上となっており堅調だ。

そんな状況を好機とみてか、キリンビールはクラフトビールへの投資に意欲を見せる。
国内外のクラフトブルワリーとの業務提携や、自身もスプリングバレーブルワリーというクラフトビールの醸造所を立ち上げている。
このような企業活動から、市場のストレッチとなる効果が期待されていることが窺える。

日本のビール市場_from岡三証券

日本のビール市場推移。1994年をピークに縮小している。
出典:岡三オンライン証券 投資情報局
https://www.okasan-online.co.jp/members-only/industry_trend/2019/0109/

地域再生の救世主としての期待

クラフトビールの火付け役は1988年にニューヨークのブルックリンに創業したブルックリン・ブルワリーという醸造所だ。

当時、アメリカで流通していたビールの殆どは大手メーカーのもの。味は軽いラガータイプだった。そこに、ブルックリン・ブルワリーは「ビールはラガーだけじゃない!」という、価値を生み、浸透させた。その価値が、今日のクラフトビールブームと源になっている。

ブルックリン・ブルワリーが与えた影響は、これだけではない。
今でこそ、グルメやファッションの最先端をゆくスポットとして名高いが、創業当時は荒んでいた。ドラッグが横行しマフィアが町を牛耳るような町だった。
それから30年以上。アート系を中心に揃える書店やBean to bar(チョコレートを豆から製造までの工程を一括管理すること)の会社などが集まり、町は少しずつ浄化。多くの人を魅了する町へと様変わりした。

クラフトビールには、人を魅了し惹きつけ、地域を元気づけ、健全な経済を生むことができる。

その力に希望を抱き、町を元気にしようと試みているブルワリーが日本にも点在している。その中の一つであるNOMCRAFT(ノムクラフト)の金子さんに話を聞いた。

国内の出荷量推移_fromキリン

米国クラフトビールシェア率

地域住民が主役の有田川町の町おこし

ノムクラフトはアメリカ・ポートランド出身のベン、シカゴ出身のアダム、そして金子さんの3人が、有田川町を盛り上げるために立ち上げた新進気鋭のブルワリー。
廃園となった元保育園をメンバー自身がリノベーションし、そこに醸造所を構えている。

和歌山県有田郡有田川町。有田みかんやぶどう山椒の栽培が有名な地域で、人口は約2万5千人。以前は約3万人が住んでいたが、この20年間で5千人減少。人口減少が進んでおり、特に20~30代の女性の落ち込みが著しく、少子高齢化の一途を辿っている地域でもある。そんな過疎化が進んでいる町にノムクラフトはある。

ノムクラフトの背景には、町おこしプロジェクト「ARITAGAWA2040(通称、AGW )」の存在が色濃い。これは、過疎化が進んでいる有田川町の事態を危惧し、映画プロデュースなども手掛ける和歌山市出身の有井安仁さんと、後にプロジェクトリーダーとなる森本さん含む有田川町住民の3人が中心となって、2015年に発足。ポートランドをモデルとし、地域住民による町おこしプロジェクト。目指す町の姿は「日本で一番住んで楽しい町」だ。
ポートランドは「最も住みたい町」としてアメリカ国内で人気が高く、市民参加型のまちづくり手法が世界からも注目を浴びている。また、コーヒーやビール醸造でも有名な町で、クラフトビールファンなら、訪れたい場所のひとつでもある、ということを付け加えておく。

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ブルワリーで有田川町を元気にしたい

最初はベンとアダムのビール愛からだった

2010年代始め。ベンとアダムは、大阪で英会話講師をしていた。日本はまだ、ビールといえばラガーと限定的な時代。ビールの楽しみ方偏差値が低い日本にカルチャーショックを受けた。
「もっと美味しいビールがあるのに…」そんな気持ちから、2人は友人たちに海外の美味しいビールを見つけてはシェアをするがもっぱらの楽しみに。その楽しみは、いつしか「日本で美味しいビールを作りたい」という強い気持ちに変化していった。

2017年、2人は英会話講師の任期満了で帰国。本格的に日本でブルワリーを立ち上げる活動を開始した。

ブルワリーの場所をどこにするか悩んでいた時、ベンがふと、みかんの木でできた箸置きの存在を思い出した。それは、偶然立ち寄った阪神百貨店で開かれていた有田川町のアンテナショップで手に入れたものだった。

「有田川町で醸造ができないか」そう閃いた2人は、町のことを調べた。ポートランドをモデルとした町おこしをしていている。住んでいて楽しい町にしたいと思っている。調べれば調べるほど、ここでブルワリーを立ち上げて、町づくりをしたいと思うようになり、2017年11月、AGW に企画書を送った。

金子さんが有田川町にきて参画するまでの偶然

ベンとアダムが企画書を送るよりも少し前、金子さんは1年ほど暮らしていたカナダを離れ、日本への帰路の途中にいた。ポートランドのサイドヤードファームという場所で一日だけの農業ボランティアを楽しんでいた。そこに偶然にも、AGWメンバー が視察でやってきたのだ。
片田舎の農場。そんな所に日本人がいることが嬉しくて、金子さんを見つけてAGWリーダーの森本さんが思わず声をかけた。
他愛もない会話の中で、金子さんは、「日本では、次の旅に向けてアルバイトをして過ごす」そんな話をしたら、「有田川町でみかんの収穫のアルバイトしにおいでよ」と誘われた。
そして帰国後すぐさま、彼は何かに導かれるように、有田川町に出向いたのだ。

みかん農家のアルバイトをしながら、気ままな生活を堪能していた時、ベンとアダムが送った企画のオンラインミーティングが開催された。たまたま有田川町に居合わせた金子さんは通訳として同席。
当初はみかんの収穫時期のみの滞在予定だったが、ベンとアダムの企画に共感し、彼らと一緒にブルワリーをやってみたいという気持ちが膨らんだ。AGWメンバーの人柄に魅せられていたこともあり、ブルワリーを立ち上げることを決意するまでに、時間はかからなかった。

有田川町にブルワリーを作りたい

企画は「ブルワリーがあることで、クラフトビールを求めて人が集まってくる。それにより、地元だけではなく、遠くから訪れた人たちも交えたコミュニティが形成され、コラボレーションと言う枠組みに発展。それが、町づくりに結びつく。その最たる例がポートランドだ」といった内容だった。

このミーティングは、ポートランド視察直後のタイミング。現地でクラフトビールを楽しんでいる住民を目の当たりにし、ビールの美味しさに気付いていたAGWメンバー。
ブルワリーに住民が集まってきてビールを片手に会話を楽しむ。外からの人たちも訪れ、一緒に同じ場所で楽しむ。情景がありありと想像できた。ブルワリーで町が元気になり、楽しい場所ができる。気持ちが響鳴するのは簡単だった。

ミーティングが、2017年12月。年明けにはAGW全体で「やるぞ!」という雰囲気に包まれ、醸造免許取得にむけ、ジェットコースターのように走り出す。
醸造に関する知識獲得、11月には設備導入に向けた工事着工、2019年4月には醸造免許を取得。
ノムクラフトというブルワリーが有田川町に誕生した。

ベンとアダムが有田川町という小さな町に気づいたこと。金子さんがAGWメンバーと出会っていたこと。AGWメンバーがクラフトビールの魅力に気づき始めていたこと。偶然が重なり合い、まるで奇跡のような形でノムクラフトは始まっている。

NOMCRAFT_メンバー

NOMCRAFT のメンバ(金子さんより提供)

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ノムクラフトが有田川町にもたらしたもの

ブルワリーが誕生して約2年。有田川町には、どのような効果があったか。

ブルワリーがあることによって、多くの変化が生まれ始めていると金子さんは言う。
決まって毎週、醸造所に訪れ休日ビールを買ってくれる人がいる。仕事終わりにノムクラフトのブルーパブに立ち寄りクラフトビールを楽しんでくれている人がいる。
以前にはなかった人の流れや行動を喚起することができ、ブルワリーを中心に、自然と地元の人たちが集まり、会話を楽しむ機会や時間が着実に増えている。

地元以外の訪問者も多くなっている。
それは、クラフトビールファンの存在が大きい。ビアイベントや飲食店を通じてノムクラフトのビールを知り、それをきっかけにブルワリー見学目的で有田川町に訪れる。ビールを通して、有田川町に興味を持ってもらう、という連携もでき始めている。

また、地域産業とコラボレーションすることにより、有田川町の経済の一助に繋げている。
有田川町の名産である、みかんやぶどう山椒を取り入れたビールを醸造。
ノムクラフトが作っているそれぞれのビールにあうおつまみも地元で探し、ビールイベントなどでペアリングのおすすめとして紹介。
イベントで使うブースは、有田川町で出た廃材や木材などを使った家具メーカーにデザインを依頼。
こうしたコラボレーションはビールを豊かにするだけではなく、全て有田川町への還元に結びついている。

醸造し、営業し、ビールを楽しんでもらう。この全てに、有田川町の人たちと蜜に連携しているからこそ、ビールを通した新しいコミュニティが生まれ始めている。

有田川町のコンセプト「日本で一番住んで楽しい町」いう観点ではどうだろうか。

大人たちがクラフトビール作りに参加し、そしてビールを飲んで楽しんでいる。その姿があるだけで、若い人たちは自然と有田川町は楽しい場所だという印象を持ち、この町に住み続けたいと考えるきっかけになると、金子さんは語ってくれた。

ノムクラフトがビールにかける思い。それは「楽しみながら、挑戦し続け、そして新しいコミュニティを作り出す」。ブルワリーは、ものづくり(クラフト)のマインドが自然に育みやすいという。
自分たちが楽しんでチャレンジし続け、新しいビールを醸造することで、クラフトマインドの種を蒔き、若い世代がここで新しいことを始めたい、と思える原動力になりたい、と期待を込めた。

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国境を超えたコラボレーションビールALL TOGETHER

少し時事的な話題にも触れたい。

世界規模で新型コロナウィルスの感染拡大が顕著になり、多くの人が未知のウィルスの恐怖に直面し、日本も緊急事態宣言が発令された2020年春。「ALL TOGETHER」というクラフトビールが登場した。
これは、「ビールを飲んで飲食業界を救おう」とニューヨークに拠点を置くアザー・ハーフ・ブルーイングが立ち上げた社会貢献プロジェクト。
「共通のレシピをベースにブルワリーがビール醸造し、ALL TOGETHERという共通のビール名称で販売。収益は飲食店への寄付や支援活動資金に回す」という仕組みだ。

これが瞬く間に広がり、約40カ国・600箇所のブルワリーが参加。ノムクラフトも参画した。
クラフトビールファンの間でもすぐさま知れ渡り、社会貢献になるのであれば、という気持ちから多くのファンがこのビールを購入した。

この取組みで注目すべきは、国を跨いだコラボレーション。
他のお酒と比較するとビールほど、多くの国や地域で造られているものはない。だからこそ、小さくまとまらず、大きな活動へと発展させることができ、世界中のブルワリーから注目されるプロジェクトとなれた。

クラフトビールが持っている潜在的な可能性も垣間見える取組みでもあった。

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クラフトビールは未来の源泉

私の稚拙で壮大な考えは、現実味がある。突拍子もない発想のように思えるが、ブルックリン・ブルワリーの実績、ノムクラフトが取り組んでいること、ALL TOGETHERに見た国境を超えたコラボレーション。これらの例から、無理がないと考える。

クラフトビールは、人・地域・産業の元気にし、町を再生できる力を備えている。未来を創造できる。
だからこそ今もなお、紛争や暴力であえぐ国や地域に、もしブルワリーを作ることができれば、産業が生まれ、経済が回り、国や地域、そして人を豊かにすることができ、絶対に笑顔が増えるはずだ。クラフトビールを見つめてみたら、そんな思いが溢れ始めた。

一粒の麦として、何かできることはないかと想像してやまない。

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