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過疎化に悩み、東山魁夷に会いにいく

またひとり、友人が村を出ていく。
また空き家が増えることになる。
村に活気が、なくなっている。まるで、閉園時間間近の遊園地のよう。
住人のいなくなった大きな茅葺き屋根の家は、冬の夕陽を浴びて寂しそうに佇んでいる。

年末年始も休みなく働いていた僕に、突然の休日を告げた上司は申し訳なさそうだった。
「あんまり休んでないだろ?明日と明後日休んでいいから。ゆっくりしておいで」
世の中のたいていの人がそうであるように、僕は急きょ舞い降りた休日に戸惑った。

寝るのはもったいない、けれど1日では都会に行けない。美味いものでも食うか。
いや、腹より心を満たしたい。そうだ、美術館に行きたい。平日なら人も少なかろう。そしてなにより絵画のもたらす非日常感に癒されたいと思った。

休日のメインが、決まった。そうとなれば次はどこにどの作品を見にいくかだ。
残念ながら僕の住む地域で行ったことのない美術館はない。いま、珍しい展覧会もない。焦る。が、すぐにある人物を思いついた。

東山魁夷(1908-1999)。明治生まれの国民的日本画家。生まれは横浜だが、祖父が香川県出身という縁で坂出市に美術館がある。車で3時間。行ける。
魁夷が頭の中に浮かんだのは、たまたま年末に新聞を読んでいたら、彼にまつわる話が載っていたからだ。そこには、彼がドイツ人に贈ったという言葉が紹介されていた。

「古い家のない町は、思い出のない人と同じです」

東山魁夷は豊かな自然や農村を好み、それらの風景が消えていくことを嘆いていたという。
そんな彼の言葉がずっと僕の中に澱のように溜まっている。

古き良きものとは何か、過疎とは何か、これからの日本に必要なものは何か。
僕の暮らす村は危機に晒されている。どうすべきなのか、彼ならば何かを伝えてくれるかもしれない。
そんな気がして、僕は彼の残した作品のもとへと向かった。

本州と四国をつなぐ、瀬戸中央自動車道を越えてすぐのインターチェンジを降りる。
海運業が盛んなことを感じさせる大型の船や造船所が目につく。
ナビに従うまま10分ほど走ると、小さいがモダンな建物が見えてきた。
目的地、東山魁夷せとうち美術館だ。

東山魁夷せとうち美術館

受付に行くと、企画展「本と魁夷ー美の世界を綴る」が開かれているとのこと。
雑誌「新潮」の表紙絵や「北欧紀行 古き町にて」、詩画集「コンコルド広場の椅子」などの作品が、魁夷の詩情溢れる文章と共に展示されている。

企画チラシ

ゆっくりと作品をみる。魁夷の作品を見るのは初めてだ。青の濃淡のうまさ、構図、物語性、そのどれもが素晴らしい。見ていて飽きない感覚を久しぶりに味わう。贅沢だ。

「白馬の森」という絵に、足が止まった。
白樺だろうか。夜に照らされる白い木々が描かれている。その奥に、白馬がいる。
白馬の足元は薄く、ともすれば消えてしまいそうに感じた。森とともにこの白馬も消えてしまうのだろうか。魁夷の込めた思いは分からないが、僕にはそう思えた。
そして、白馬はこちらから視線をずらしたままでいる。一頭だけ超然と佇んでいる。

京都の四季を描いたシリーズ物もあった。「京都を描くならいまのうちですよ」と作家、川端康成に勧められ始めたそうだ。
魁夷の描く四季は、優しい。そして、懐かしく親しみやすい。劇的では、ない。真っ赤に染まった紅葉や雪化粧した雄大な山脈ではない。
いま目の前にある自然を、感じたままに絵にしているように思えた。どれもが、僕も見たことのある風景だった。

だからこそ、心に響く。

自然の美しさとは当たり前に目の前にあるものなのだ。だからこそ気づかないうちに失ってしまう。そうなってからでは遅い。と魁夷が言っているような気がする。

僕は、東山魁夷に会いにきた。そして、聞いてみたかった。
ーーあなたが愛した日本の自然や営みは失われつつある。僕なりに受け継いできたつもりだが限界かもしれない。これから僕はどうしたらいいのか。

「道」という印象的な作品の前で問うた。魁夷は、魁夷の絵は、答えてくれた。(おそらく筆者の妄想
ーー無理をする必要はない。けれども君の守る自然や営みは、かけがえのない財産だ。君は恵まれている。失いたくないのなら、1人でも守っていけばいい。失われても、その時は私がちゃんと絵に残している。

東京に行って、地元の話をすると羨ましがられる時がある。
自然が豊かでいいですよね。時間もゆっくり流れていてストレスがなさそう。多少不便でも最近はネットでなんでも買えますしね。毎週末キャンプができるなんて羨ましい。

しかし、彼らは1人として移住してはこない。きっと彼らは田舎を褒めることに義務感を感じているのだ。
日本のノスタルジーたる農村を守っている僕らへの後ろめたさなのだ。だから、良いところだと持ち上げる。仕事さえあれば、なんて嘘をつく。彼らはただ、都会の方が好きだからそこに住んでいるだけだ。

でも、それは僕も一緒だ。

僕はこの村が、好き。
愛している。日本の伝統的な農村を守るとか、米作りをして自給率を高めている、なんて高尚なことは一度も考えたことがない。ただ、この風景と人と村が、好きなのだ。

魁夷の絵は、そんな僕を肯定してくれた。(筆者の妄想
それどころか、
「お前の住む村の自然はこんなにも美しいじゃないか。好きなら守ればいい」
と、自信をつけてくれた気がした。

過疎の村。人は少なく、老い、疲れていく。
でも、失いたくないものがある。それは日本の宝じゃない。
僕の宝だ。それだけで、いい。

「古い家のない町は、思い出のない人と同じです」

僕は瀬戸内海を再び渡り、村に帰ってきた。寂しげに夕陽に照らされていた空き家は、この村の歴史そのものだ。
この村の記憶が、笑顔が、涙があの茅葺き屋根には詰まっている
幸い、村にはまだ記憶が残っている。

なんだか嬉しくなったきた。

家の裏山をみる。魁夷の絵のような雪化粧した林が広がっている。
木々の間に、一頭の馬が顔を出している。
そんなはずはない。この村に野放しにされた馬はいない。

だけど、目の前の馬は間違いなくこちらを見つめている。

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