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【読書記録】攪乱者/石持浅海

読書の秋なので、好きな本を読み返す。『攪乱者』は石持浅海の中でも一二を争うくらい好きな作品。就活中、某会社のESの「好きな本」に挙げ、短い書評を書いたほど。

本作の登場人物たちは、政府の転覆を企む"組織"の一員。その中のとある"細胞"のメンバー「輪島」「久米」「宮古」は、上司の「入間」に命じられて様々な作戦を実行するが、それらは一見すると意味の分からないものばかり。用意されたレモンをスーパーに置いてくる、コンビニでアルバイトをする、自衛官と親しくなる……ときには疑問を抱きつつも作戦を遂行していく3人と、彼らを翻弄する謎の男「串本」の物語。

※ここからネタバレを含みます※

本作に出てくるテロ行為はどれも、「そんなことで革命が起こせるの?」と思うようなことばかり。たとえば寄生虫入りのレモンをスーパーに仕込むことで貿易摩擦を起こそうとしたり、プラスチックの粉を砂場に混ぜることでダイオキシンの発生を図ったり。串本に誘導されながら3人が辿り着く"組織の真意"には、一応の筋は通っている。けれど、その多くは「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉を彷彿とさせるような迂遠なものだ。暴力的な行為を好まず、その上で自らの正体を徹底的に隠す組織なのであれば、そうするほかは無いのかもしれないけれど。

本作では、作戦の結果についてはほとんど触れられていない。けれどわたしは、こうした作戦がマスコミ等で放送されれば、国民の不安を煽ることは十二分に有り得るだろう。特に個人の発信する力が強くなった現代では、ツイート一つで社会への問題提起ができてしまう。どんなに「わたしは情報に踊らされない」と嘯いてみたって、マスコミやSNSの持つ威力は強大だ。特にレモンや、新聞紙を丸めて入れた紙袋などは、身近であるがゆえにリアルな恐怖を招く。フィクションだと分かっていても、初めて読んだ後はレモンを見るとしばらく足が竦んでしまったくらい。

前半こそ組織の思惑通りに作戦を進めていった3人だが、串本に翻弄され、そこに徐々に綻びが生じていく。同時に久米と宮古の関係が少しずつ変化し、3人の所属する"細胞"は思わぬ最期を遂げることになった。自らの頭で考え、行動し続けた3人の末路としては、あまりに気の毒だ。いや、それとも串本に誘導されるがままに行動した結果というべきか。彼の使った「メンテナンス」という言葉の真意は何なのだろう、と考えさせられる。

久米も宮古も輪島も、専業テロリストではない。だからか3人とも、あまりにも人間的だ。いくら作戦とはいえ、長く接している相手には情も湧くし、妙な指示には疑問も抱く。愛する人を失えば、我を失い激昂する(その手段を肯定する気はないけれど)。それゆえ、不気味な小説ではあるけれど、わたしはやっぱりこの本が好きだ。

※トップ画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借りしました。本作にちなんでアライグマ。たいへんかわいい。

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