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映画感想文「サントメール ある被告」彼女の物語は誰しもに起こり得る、普遍的テーマである

一度だけ、コーチングにすがったことがある。

原因もよくわからぬまま、気がついたら八方塞がりだったから。

60分、散々私の話を聞いた後に彼女は呟いた。

「押し殺してきたんですね。あなたはとても繊細でエモーショナルな人なのに」

え?と意外な言葉に不意を突かれ。

いやいや、繊細じゃないし。それにエモーショナルなんかじゃなくて、合理的だし強いから。と激しい怒りに似た感情が込み上げてきて、すぐさま反論した。

だけど、言いながら気付いた。

社会人になってから、ずっと。感じないように生きてきたことを。そしてその事に気付いてさえいなかったことを。

幼い頃、テレビで悲しいニュースをみると夜眠れないような子供だった。ずっと忘れてたけど。

大人になり、ダイバーシティもセクハラも働き方改革も、存在しない時代に社会に出た。

なるほど、頑張っていたのか。初めて、悟った。

そんな体験を思い起こし、この映画は絵空事に思えなかった。女性であること以外、なんの共通点もない異国の物語に心が震えた。

知らぬ間に、呪縛にがんじがらめになる。

誰しも、そうであろう。

社会で生きていくとは、多かれ少なかれ、そういうことだ。周囲の空気を読み、必要以上に取り込む。そうやって無意識の適合はなされる。

きっと避けられない。

だが、過ぎたれば、知らぬ間に身動き取れなくなってしまう。

しかも、恐ろしいことに。

その呪縛は時に脈々と世代を超えて、受け継がれる。

父は幼い頃に愛人と出奔。残された母は一人娘を完璧なフランス語が話せるよう、厳しく躾け育てた。

長じて娘はセネガルからフランスに留学。

しかし、「黒人」の「若い」「女性」である、「留学生」の彼女は、パリの街で奮闘するも、誰も彼女を理解しようととせず、何もかもがうまくいかない。

暗黙知の当たり前の壁が彼女を取り囲む。

そして孤独な八方塞がりの中、徐々に取り返しのつかないところまで、追い詰められていく。

生後15ヶ月の娘を母親が海辺に置き去りにし殺害。というセンセーショナルな実在の事件を元に描かれた物語。

最初は「信じられない」「なぜ?」という思いで頭がいっぱいだった。

しかしやがて、悟る。

彼女を語る証言者達、父や母や恋人や恩師等。彼らが我が物顔に語る「自覚なき悪意」の数々。

彼女自身ではなく、そのプロフィールに対する無意識の決めつけ。そして最も追い詰めたであろう、無関心。

聞いているうちに、反吐が出そうになり、キリキリと胸が痛んだ。

同時に、怯える。

こんな風に誰かを、追い詰めていることがあるよね、と。

一見突拍子もない物語に見えて、普遍性のあるテーマであった、という稀有なドラマ。

フランスで高く評価され、昨年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞をダブル受賞、というのも頷ける。

元気のある時、もしくは感情に浸りたい時にオススメ。

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