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記憶

思い出した。

初夏。
小さい頃、おねだりして買ってもらったお菓子を手に、祖母ともう片方の手を繋いで帰ったこと。


春から夏に移る刹那の季節。
涼しさと寂しさを感じながら、
「こんな真夜中だし、人もいない。外だし、いいだろう。」
と久しぶりに煩わしさから解放されて外気を吸った。

少し土臭い。でも太陽が見え隠れしている。
この匂いの正体は何なのか、何と呼ぶのか、わたしは未だに知らない。
ただ、確かに、幼い頃から記憶されている懐かしい匂いを感じた。

「夏の匂いがする」

独り言など滅多に言わないわたしが、思わず言葉を漏らしてしまったことに自分で驚く。

この生活が当たり前になってからというもの、色んな匂いがあることすら忘れていた。

ああ、夏が来るんだ。
前まではこうして、夏が来ることを感じていたんだっけな。
もっと早くこうしたかったな。
おかげで春の匂いを嗅ぎ忘れたじゃないか。
でも、この匂いは逃さずに済んでよかった。


思い出した。

匂いがあることを。

両手いっぱいの幸せを。

目に涙を溜めながら、ひとり街灯の下をゆっくりと歩いた。

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