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生きるの下手くそ (4)


 「生きるの,下手くそだな俺達。」
 泣きながら笑う、女と男の話。

 詩織が事故った。
 救急車が到着し河原へと救急隊員が下りていく。
 パトカーも到着し、2名は河原へ下りる。残った1名は無線で応援要請をしている。
 力が抜け倒れそうになる奏を颯が横で支えながら、来てくれた人たちの作業を見守った。
 「今朝の雪が積もったところでスリップし、運悪くガードレールの隙間から落ちたようです。」
 警察官の言葉を黙って聞く奏と颯。
 救急車で運ばれる病院まで颯の車で追いかけ、詩織の両親を待つ。
 到着し、泣きじゃくる詩織の母親。唇をゆがませて娘を見つめる父親。涙が出尽くした様に力なく立ちすくむ奏。床の一点を見つめ続ける颯。

 数日後の正月4日に詩織の告別式が行われた。
 参列者は皆、口々に噂しあう。
 「お腹に子供がいたんだって。」
 「婿養子が入る話があるって聞いたわよ。」
 「あの娘、、、大きな声じゃ言えないが遊んでたらしいね。」
 一般参列者側の最前列に座る奏と颯。
 火葬場へと向かう黒塗りの車を見送る。
 帰りにあの事故現場へと二人は向かった。

 「私が、颯に相談しなければこんな事にならなかったのよね。」
 「俺じゃない誰かが父親になる事になっても、詩織の行動は同じだったかもしれない。」
 「ねえ、最初に何で、、、詩織が私に相談したんだと思う?」
 「分かんねえ」
 「颯を自分の物にしたかったんじゃないかな、、、私達がそういう仲だったのが気に入らなかったのかも、、、颯、少し前まで詩織ともそうだったんでしょ、、、妊娠する前に会わなくなったって詩織、言ってたよ。」
 「多分、、、違う。詩織は俺と一緒になっても、○○市の誰かとは続けるつもりだったんだと思うよ。」
 「子供を産んでも?、、、母親になっても?、、、」
 「俺、クリスマスの夜にあいつに言ったんだ、、、子供が生まれたら俺は父親になる、責任を持つ。詩織の事も愛する、、、だからお前は過去の事を忘れろ、心を入れ替えろ、、、子供と俺だけの為に生きてくれ。って。」
 「当たり前だよね、そう言う事って、、、で、詩織は?、、、」
 「一人になった時、頻りに誰かとメールしてた。別れようとかお終いにしようとか伝えてるのかな、、、とは思ったけど、、、、まさか、反対だったとはな。」
 「亡くなった人を悪く言いたくないけど、自分勝手な子だったわね。奔放って言うか節操がなかったって言うか、、、」
 「俺に声を掛けたのも、本命との仲が上手く行かなかった時の保険のつもりだったみたいだ。声を掛けてもはぐらかす時期が何度もあったし、、、」
 「どっちにしても、、、、自業自得なのよ。あ、ゴメン、言い過ぎた、、、、、颯は詩織と一生連れ添うつもりだったんだよね。」
 「……もう、止めよう、詩織の話は、、、、」

 奏、颯と以前の関係に戻れるかもしれないとの期待が、心のどこかにある。
 もしかすると詩織の家に婿養子に入る気が有ったとすれば、奏のところへも可能性は有るんじゃないかとも、考える。
 3か月もすれば颯はスタンドを廃業する。残された時間は少ない。
 配達の時、給油で立ち寄った時「ラーメン食べに行こう」と誘えば、一緒に行ってくれるんだろうか?
 帰りに、車の後ろでシテくれるんだろうか?
 「私と一緒になって、、、一緒にスーパー、やろう。」って言えば、、、、いいよって言ってくれるだろうか?
 断られた時を考えると、進む勇気が出ない。
 詩織が居なくなったから、チャンスだと思ってるんじゃないかって、颯に思われたくはない。

 このまま、春を迎えるんだろうか、、、奏、重い気持ちのままで日々を過ごした。

 颯のスタンド、冬季は忙しい。
 朝8時開店のところ通勤者の為に給油をする為7時から開ける。高齢者宅への灯油の配達を日中に行いその間スタンドは”配達中”として一旦スタンドを閉める。
 配達から帰るとタイヤ交換やタイヤチェーンの装着を依頼する人の対応。夕方は仕事帰りの客が来る。
 8時にスタンドを閉めても、灯油の配達依頼があれば夜遅くても行く。
 とにかく地元の役に立ちたい思いと、この地区に残された最後の給油所だという自負。それが颯のモチベーションになっている。

 奏が給油に立ち寄り、「たまにはラーメンでも行く?」と、勇気を出して聞いた時、颯は
 「いや、、、なかなか忙しんんだ。それに雪の降る夜道はやっぱり怖い。奏にもしもの事が有れば大変だし。」と断られてしまう。
 【詩織の事が有るから?、、、それとも私とはもう無理って事?】
 奏、確かめたいが聞きたくない答えを予想すると、それも出来ない。
 ”春になったら行こうか”と言おうとして、それを飲み込んだ。
 春になったら颯のスタンドは終わる。
 もしかして私と、、、、いや、颯はどこかへ行ってしまう、、、答えの出ない奏の思い。

 「県道沿いにファミリー〇ートが出来るらしい。オーナー募集を来月頭に新聞広告を打つそうだ。お前、やってみる気はあるか?」
 ある夜、遅い夕食を取っていると父が言った。
 「ファミリー〇ート、、、オーナーって私が?、、、スーパーはどうすんの?」
 「俺一人で出来るように縮小しようかなと、、、」
 「コンビニか、、、、どうしよう、、、考えてみる。」
 そう答えた奏だったが、不意にあるアイデアが浮かんだ。
 【颯と一緒にコンビニ。悪くないかも、、、】
 翌日、スタンドへ立ち寄る。颯に
 「県道沿いにファミリー〇ートが来るって、、颯、オーナーになってみたら?、、、、手伝えるよ、お店。」
 「ああ、その話か、、、俺はしない。」
 「えっ、知ってたの?なんで応募しないの?オーナー募集するんだって。」
 「うん、、、、もう客商売は良いよ。俺、向いてないし、、、」
 「そう、、、、」
 【客商売はもうしたくないのか、、、、うちのスーパーも無理か、、、、それにコンビニ出来たらうち、終わりかな、、、】
 その後、そのファミリー〇ートは○○市の同系列店のオーナーが、店長を派遣し運営することになった。

 「奏、コンビニが出来たらうちは太刀打ちできない、、、せめてお前がコンビニやってくれたら、スーパーを止めても良いかと思ったんだが、、、、4月末で閉めようと思うが、お前どう思う。」
 「…….お父ちゃんがそう決めたのなら、私はそれに従う。」
 【私、今まで何を頑張ってきたんだろう、、、細々でも地域の為に、お年寄りの為に、一人暮らしの人の為にとやってきたのに、、、
  恋愛も結婚もせず、何とか続けたいと思ったのは何だったの?
  颯がどこかへ行くんなら私、、、追いかけても良いの?、、、、ねえ。】

 「颯、話があるの。遅くなっても良いから会って、、、」
 『分かった。仕事終わりにスタンドに来て待っててよ。10時までには終わるから。」
 奏、意を決し思いの丈を話すことにし、颯に携帯電話を掛けた。
 その日の夜。颯の車の中。
 「何?話って。」疲れているのだろう、颯はややぶっきらぼうに顔は前を向いたまま、奏に聞いた。
 「スーパー閉じる事にした。」
 「そうか、、、、、コンビニが出来るからか。いつ、閉めるんだ?」
 「うん、、、4月一杯かな、、、4月25日にファミ〇オープンらしいし。」
 「そうか、、、長い間お疲れ様。俺が言うのも変か。」
 「ううん、颯もお疲れ様、、、スタンド、3月一杯?」
 「ああ、今月末には貼り紙する予定だ。」
 「その後どうするの?」
 「△□市に行く、、、やっぱ運送会社。中距離乗っていずれ長距離。」
 「そう、、、、あのね、、、、私、、、、」
 「何?」
 「……颯に、、、、付いてっちゃダメ?、、、追いかけちゃダメ?」
 「…………」颯が黙ったまま前を向いている。

 「奏、、、今までありがとな。でも、、、やっぱ連れて行けない、、、、すまん。」
 「……わけ、、、教えて。」奏、その返事も予想してたとは言え、淡い期待が上回っている気持ちが崩れるのが分かり、涙が出そうになるのを堪えた。、
 「詩織との件で、奏は俺に責任を持たせた。奏の本心なのかどうなのか理解できなかったんだ。奏は俺を選べないんだとそう思う事にしたんだ。
  でも詩織はあんなことになった、、、でもさ、じゃあ元に戻ろうかとは、、、、ならないよ。
  でも、奏の事を嫌いになった訳じゃない、、、奏は自分の店がある。俺とは一緒になれないだろうと思ったし、、、俺、客商売が苦手だし、、、
  奏は奏で何かいい話が来ればいいと思ってたんだ。俺なんかよりずっと良い奴の話、、、
  やっぱ詩織の事がどうしても引っかかるんだ。奏とこれから先続けても、、、あの時の奏、、、詩織の事、、思い出すだろうし、、、、、、逃げたくなったんだ。知らない所へ行って、一から始めたくなったんだ。」
 「そうだよね、、、普通そう思うよね、、、私、自分の事じゃなくて周りの皆が上手く行く方法だと思っちゃったんだよね。
  でも詩織が思い描いてたシナリオだろうなとも思ってたの。
  良いんだ、これで良いんだ、、、と思おうとしたの。3人ともこの村でこれからも暮らして行くんだし、、、私が一歩引けば良いんだって。」
 「良いと思ってた通りにはならなかったな、、、、上手く行かないな、、、、、
 生きるの,下手くそだな俺達。」
 「そうね、下手くそだよね、、、、」
 奏、流れ出る涙を指で拭いながら、無理して笑い顔になる。

 4月初め、颯は村を出て行った。見送りは要らないと言われいつも通りにスーパーの業務を進めた奏。
 【割引する表示も大変だし、、、聞いてくるお客さんへの説明も居るしね。】
 閉店セールの準備で忙しかった事を自分への良い訳にした。

 4月25日、ファミリー〇ートがオープンした。客足は極端に無くなった。
 割引品目当てにいつもより多く来ていたので、忙しさにごまかされていたが、以前にも増して人のいない店内は、寂しいものだ。
 陳列棚にも商品は完全に無くなりかけている。補充も目玉品しか補充しない。
 音楽じゃ無いけど、カットアウトでは終われない。フェードアウトでしか終われない。

 4月30日、スーパー小柳完全閉店。
 僅かに残った売れ残りは、卸業者に引き取って貰う物と産業廃棄物処理へまわす物に分ける作業を翌日から行う。
 「奏、お疲れさん、、、お前は頑張ってくれたけど、わしに才能が無かったんだ。すまん。」
 「違うよお父さん、時代だよ。そう言う流れだったんだよ。もう十分やったよ私達。」
 「明日からお前、どうする?」
 「暫く休む。飽きるまで寝る、、、その後に考える。そうだ、休んだ後に
アルバイトに行こうかな、あのファミ○へ。」

 地元の為にと頑張ってはみたものの、時代の流れには抗えなかった。
 好きだった人と添い遂げる事は出来なかった。
 地元に残った者同士で、長く仲良くしたかったけど出来なかった。
 多分これから先も、自分のやりたい事なんかその通りにはならないだろうけど、、、、
 小さな喜びを見つけてみようと思う。

 私はこれからも、ここで生きて行く事しか出来ないのだから。

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