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響子と咲奈とおじさんと(30)

  立ち直る。

響子、高校2年生の3学期1月、英検一級の一次試験を受験し合格。2月、2次試験に挑む。
そして、
そして、2月末に合格の通知があった。
「おめでとう。本当によく頑張ったわね。」
「ありがとうございます。紀子先生のおかげです、、、いえ、上山先生もですね。お二人で親身になってくれて、、、嬉しくて、楽しくて、色々あった事も忘れる事が出来て、、、本当にお二人のお陰です。」
「ううん。北川さんの元々持ってるポテンシャルだろうな。教えてても、吸収とか理解とかがすっごいんだ。こっちが嬉しくなるぐらいだよ。」
「そうよねぇ~、響子ちゃんは本当に賢いのよね。記憶力も応用力もあるし、、、」
「褒め過ぎです。図に乗っちゃいますよ。えへへへ。」
「うん、うん。その調子でさ、受験に向けて行こうよ。僕、頑張るからさ。」
「はい。お願いします。」
「私も受験用の英語、調べてみるね。」
「はい。今後ともよろしくお願いします。」

3年生の一学期も週3回の塾と同じく2回の個別指導は続いた。
裕福な家庭であるが故の方法ではある。
実家は数棟のアパートを所有。母は看護士。父は海外単身赴任で、同年代の国内勤務者に比べ、ほぼ倍の給与が得られる。
所得税、住民税とか多く払うも残せる額はそれでも多い。
実の兄、二人は大学を卒業し独立している。教育資金は響子のみへと注がれる。

1学期も終わり、夏休み。
【あれからもう一年か、、、隆一、何処行ったのかな?。あれからすぐに居なくなっちゃって、、、顔合わす事が無かったから、良かったと言えば良かったのかな。
 それに上山先生と紀子先生のおかげで私、立ち直れたようだし、感謝だよね。】
エアコンの効いた講師上山のアパート。いつもリビングのテーブルに相対し、軽い説明の後、問題を解く。その問題の回答とポイントを聞き、メモする。その繰り返し。
プライベートな事での会話は殆ど無い。響子は上山から何かを聞かれても、軽く微笑むだけで話さない。それ以上、上山も聞かない。
そんなある日、練習問題がひと段落した時、響子の方から
「先生?、紀子先生とどうやって知り合ったの?」
「え、紀子?、、、、ああ、同じ中学校の同僚だったんだ。」
「職場恋愛?、へえ~、、、どっちからアプローチしたの?」
「……うん、どっちかと言えば紀子かな?、、、よく覚えていないな。ハハ。」
「え~、紀子先生、怒っちゃうよ。そんな事言うと。」
「怒んないよ、、、、、、でも、北川君がようやくそんな事話せるようになったのが、俺は嬉しい。」
「……ようやくって、先生、、、やっぱり変でしたよね、私。」
「ああ、去年の2学期からぐらいだったかな?成績ガタ落ちし始めて、時々休むようになって。3学期になって、おばあさんから依頼が着て、凄い気になってたから。俺の指導が悪くってそうなったのかな?とも思ってた。」
「ごめんなさい。先生、、、色々あったからね。夏から冬までの間、、、」
「でも、本当に良かった。1年生の頃の北川君に戻ったみたいで。」
「先生と紀子先生のおかげです。学校に許せる友達なんていなかったし、本当に、、、」
「そうか、良かった。何が有ったか知らないが、立ち直れて、、、また、同じような事があれば、もう、、俺、、、生きる価値が無いとまで思ったよ、、、」
「え?、同じような事?、、生きる価値が無い?、、、、、、先生、何があったの?」
「ううん、何でもない。何も無かった、、、うん、何も無かったよ。さ、次に行こう。」
「……は~い。」
【先生、中学校の先生だったんだ。紀子先生も、、、何があったのかな?、、、何で辞めちゃったのかな?、】
「先生。どこの中学校で先生してたの?」響子、帰り際に上山に聞いた。
「あ?、、、ああ、大宮だ。埼玉の大宮、、、じゃ、また明日、塾で。おやすみなさい。」
「はい、ありがとうございました。おやすみなさい。」
響子、歩いて帰宅するまでの間に、Twitterで検索してみた。
#大宮 #中学 #上山
検索された色々なtweetを覗いてみて、歩く足が止まった。
”教師と女子生徒の不倫、クズか?”
”女子生徒、妊娠してたんだって どうすんの?先生。”
”自殺した生徒、浮かばれないよな。ダムに身投げしただけに、浮かんでこなけりゃバレずに済んだのに、ねぇ、大宮第三中の上山先生さんよお。”
写真もあった。20代前半らしく、確かに若々しい上山先生だった。自殺した女子生徒の写真もあった。
幾つかのニュース記事や新聞記事もググってみたが、小さな記事しか見当たらなかった。
もう一度、Twitterを覗いた。tweetされた 目を疑いたくなる様な酷い言葉たちが目に飛び込んでくる。
それらの言葉に対する怒りにも似た自分の感情。同時にどうしようも無くやるせない気持ちが胸に押し寄せてくる。
本当の事が知りたいと思った。知らないままだと隆一をバカだと言ったあの頃の自分が、心無いtweetをした奴らと同じに思えてしまう。
自分が許せなくなる。僅かな伝聞だけで良し悪しを決めてしまう思慮の無い人になってしまう。それが堪らなく嫌になってきていた。

そして、次の個別指導の日。普通の指導がひと段落した時、響子が上山に問いかけた。
「先生、先生の中学の事、少し調べました。ってもTwitterでしか、調べられなかったけど、、、、本当の事、教えて貰えませんか?、、、、tweetの文面だけじゃ、一方的過ぎて、ウソばっかしに聞こえると言うか、見えるんです。……先生、教えてください。」
「き、北川君、、、調べたの、、、そう、見たんだね、tweet、、、酷いよねtweet、有る事ない事って言うか、無い事ばっかり、、、通報して削除して貰っても、、、最近のは見ないからよく知らないけど、、、」
「ごめんなさい、先生。先生を疑うとか嫌いになる事とかじゃないんです。本当の事が知りたいんです、、、。書かれている様な事が本当だと思えないし、先生を信じたいし、、、これからも続けたいし、、、先生、、、ダメですか?」
「北川君、、、ゴメン。今日は話せない、、、、、今日はここまでにしよう。うん、ゴメン、、また、今度、、、、」

夏休み最後の個人的個別指導の日、上山は話してくれた。
「北川君が普通の生徒だったら、話さないと思う。でも、北川君は特別だと思う。
 個人的な指導で報酬を頂いていると言うのも、確かにあるが、、、、去年の夏、君には辛い事が有った様だし、、、
 僕ももう、過去の事としてしまっても良い頃じゃないかとも思うし、、、君に話すことにした。」


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