響子と咲奈とおじさんと(38)
自分を演じる
咲奈が勤める職場に、咲奈より3歳上の女性がいる。
安西千春と言い、総合職として入省はしたが、現在は地方へ出向と言う形だと話していた。
この部署へ配属された時の「私はこれでもキャリア組だと思ってたんだけどね。出身大学がCランクで地方の女子大だと、このまま地方でお終いかもね、、、、」と嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。
しかしこの安西と言う女性は、仕事の出来る女性だと咲奈は感じている。
同じ課内の年配者の多い男性上司や、他部署の同様の男性に対し、よく話し掛けたり、冗談を言い合ったり、中年独特の下ネタの冗談にキャっキャと言いながら笑う。
飲みや食事の誘いには、『ぜひお願いします。』と明るい笑顔で答え、前日に一緒に食事でも行ったらしい朝には、『ありがとうございました。またお願いします。』と挨拶は欠かさない礼儀正しい態度で臨む。
でも、自分の席に戻り業務をこなす時の顔は、先ほどの様な天使の顔から打って変わり、悲壮なまでの顔でPCのキーボードを叩いている。
その仕事ぶりは早い。資料が出来たら上司への所へ直接出向き『資料、共有フォルダの課長のファイルへ保存しておきました。ご確認、お願いします。』と必ず、笑顔を添えて報告している。
その安西へは、課内の男性から資料作成の依頼が良く来る。安西も要求された内容以上に資料を作成し引き渡す。全面的に信頼されていると覗える。
年配の上司たちへの愛想の良さ、ノリの良さは「私に仕事を回してください。期待以上の物を、必ずお渡しします。」の意思表示に思えた。
他部署の女性職員からの評判はそんなに悪くはないが、それほど親しい人はいないようだ。男性には非常に愛想が良く、女性にはクールに対応しているのが、他の女性職員の妬みの対象になってるのかな。と咲奈は思った。
【周りの人と群れてない。感覚や感情の共有は必要としてない、、、、響子に似てるかも、、、】と咲奈は、一方的に親近感を覚えていた。
「え、、、、あ、、、はい。……分かりました。明日朝までに、、、、はい、承知いたしました。では、失礼いたします。」
金曜日の夕方、隣で安西が、普段はあまり話さない様な低い声で電話を受けていた。その電話を切った直後、「す~、、、ふう~、、、」と気合を入れる様な溜息をついた。
「安西さん、どうされました?、、、今の電話、課長からじゃなかったでしたっけ、、、」非常事態かなと思った咲奈、安西に聞いた。
「うん、、、、明後日のね、地区説明会の資料に追加しなくちゃいけないのがあるんだそうだけど、課長、、、、会議で戻れそうにないんっだて、、、で、その資料を作ってくれないかって、、、資料の保存場所と内容の方向性はメールで送るからって。」
「明後日、、、ですか、、、でも、内容確認があるなら、明日までですか?、作成するのって。」
「明日の朝までに欲しいんだって。9時から別の会議が入ってて、それまでに目を通したいって。」
「え、じゃあそれって今夜中にって事ですよね。……私、手伝います。何でも言ってください。」
「ホント?、助かるわ。あ、メールが着た。……過去5年間の品目別出荷額と市場の新品目の動向と将来性、、、、だって、、、資料保存場所は、、、ああ、共有のデータベースと、、、市場動向推移か、、、途中までのひな型も着てる。」
「私、データベースへのアクセス権がまだ無いので安西さんから貰えますか?」
「あ、そうだったっけ、、、向井さんももうそろそろ良いわよね~アクセス権。データベース保存資料は作ってんのにねえ、、、今度、課長に言っとくわ。」、
「はい。じゃ何からしましょう。」
「じゃあねぇ、、、過去5年間の品目別出荷額の表とグラフ、お願い出来る?」
「お任せください。」咲奈、鼻を膨らませながら胸を張った。
「ウフフフフ、可愛いわね、、、私には勝てないでしょうけど、、、、フフフフ。」
「ハイ、勝てません。安西さん、私から見ても可愛いし、、、あ、今はそんなおしゃべりより仕事しましょう。」
「そうだったわね。ゴメンゴメン。じゃ頼んだわ。」
「ハイ。」
夕方から始めた資料作成。分からない箇所は安西に聞きながらキーボードを叩き、マウスを動かし、安西の”OK”が出たのは、9時を少し回った頃だった。
「ありがとう、向井さん。助かったわ、、、夜中までかかるかと思っちゃったけど、早くできたわ。後はこれを共有の課長フォルダーに保存し、出来ましたってメールすれば終わり。何かあれば課長から連絡が来るでしょう。それは私が対応するわ。」
「はい。お疲れ様でした。私がいちいち聞いたんで、安西さんの方が捗らなかったんじゃないですか?」
「そんな事ないわよ。良いタイミングで確かめながら出来たんで良かったわよ。ねえ、この後どう?一杯。」
「行きます。お供します。話聞いてください。お話聞かせてください。」と咲奈、お酒のお誘いに前のめり。
「お腹も空いたんで、釜飯とか鍋のある焼き鳥屋さんで良いかな?」と、安西は咲奈の圧に押され気味に少しのけぞりながら言った。
「ハイ。そうしましょう。」