響子と咲奈とおじさんと(43)
ごく普通の女の子
11月の勤労感謝の日、祝祭日で休庁日ではあるが、安西千春が受けた資料作成をサポートする為、咲奈は安西と共に登庁していた。
膨大なデータからの検索で、ピックアップに時間が掛かり、終わったのは夕方6時を回っていた。
夕食を今から作るのも面倒だし、何か食べようと近くのショッピングモールに寄った。
表通りの横断歩道を渡ろうと信号待ちしていたら、昔よく見た車が正面のモール駐車場から降りてくる。黒い軽のワンボックス。
【あ、河原崎さんの車だ。……あ~、今日は祝祭日だったわ、、、、相手は誰だろう?】と咲奈は思いながら、薄暗くなった通りを走り去る車を見ていた。
もう一度車道を横目で見ながらモールの入り口を通ろうとした時、目の前の人とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい。」と、慌てて身体を斜めにしてかわす。ぶつかりそうになった人も、俯いたまま「どうも、、、」と言ったまま、モールから出て行ってしまった。
その人は若い女性ではあるけれど、田舎の子と言っては失礼かもしれないくらいの普通の子だった。着ていた洋服も、おしゃれ着と言うより、買い物に出る程度の服。
【ん、あれ、、、今の人、どこかで見た様な、、、それに、この匂い、、、、、】
すれ違いざまに鼻についた甘ったるい香り。安物の様なバラの香り。なぜかその香りの記憶に河原崎の顔が出てきた。
【どこだったっけ、、、、、あっ、フラワーガーデンだ。】
河原崎と関係を持っていた時に、数回行った事のあるラブホテル「フラワーガーデン」のボディソープの匂いだったのを思い出した。
咲奈は、ラブホテルでシャワーを浴びる時は備え付けの物は使用しない様にしていた。ほとんどの場合、匂いがきつく好きになれなかったし、以前、響子とお酒を飲んだ時に話していた中で、
「ラブホテルのシャンプーとかボディソープって、男の人の出したものが入ってるんだって。嫌ねぇ、、咲奈、気をつけなさいよ。
身体とか洗うんだったら、自分の普段使いを小分けして持ってった方が良いよ。」と、忠告されていたからだった。
ボディソープの匂い、河原崎さんと一緒だったとくれば、同じ庁舎の女の子、、、、【そうだぁ、今の横河さんだ、、、総務の、、、、2年目の、、、臨時職員さん、、、】
翌日、安西さんに聞いてみた。
「安西さん、総務の横河さんて知ってます?」
「え、横河って、横河希輝(きらら)?。顔は知ってるけど、話したことはほとんど無いわねぇ、、、どうしたの?その横河さんが、」
「昨日、ショッピングモールですれ違ったんです。どっかで見た顔だなぁ~って思ったんで、、、」
「ふ~ん、、、、、すれ違っただけ?、、、、河原崎さんも見かけたの?、、、」
「え、何で知ってるんですか?、、、河原崎さんの事。」
「今年は横河さんって訳だ、、、で、去年が咲奈ちゃんで、5年前が私だったって事。そういう事。」
「え、安西さんもだったんですか?、、、そうかぁ、あの河原崎さんが安西さんを放っておく訳無いですもんねぇ、、、」
「相変わらずよねぇ、河原崎さんも。……咲奈ちゃん時も、お店の裏にも駐車場のある所で待ち合わせて、夜暗くなってからの立駐か朝のお店か、、、ってとこかな?後は帰京前のマンション通い?ワンパターンよねぇ、、、グフフフフ。」
「でへへへ、おんなじだったんですね、、、知らなかった、、、バレバレでした?私ん時。」
「うん、みんな知ってたわよ。まあ、歴代のフレンドばっかしだけどね。」
「そ、そうなんですか、、、なんか急に恥ずかしくなっちゃった、、、」
「でもさあ、河原崎さんてあれで結構、重宝されるのよ。災害派遣とかボランティアとか、救援物資とかのコントロールとかね。趣味と実益、兼ねちゃってるからねぇ。上にも評判良いし、直ぐには変えられないのよ。」
「ふ~ん、人は見掛けだけで判断しちゃダメですよねぇ、、、勉強になります。ウフ。」
「そうそう、人って色んな面を持ってるからねぇ、私みたいに。キャハっ。」
「ハイ。勉強になります。てへっ」
「そうそう、横河さんって地元の建設会社の娘さんらしいわよ。って事は、来年あたりに結婚して、盛大に披露宴して、契約終了になるんじゃない?」
「えっ?、何でわかるんですか?」
「臨時採用の人って、地元有力者の子供さんが多いのよ。期間中にお見合いして、結納して、披露宴して、、、、まあ、箔着け、、、メッキ加工よねぇ、、、なんせ国の機関なんですもの。」
「あ~あ、、、そう言えばそうですよねぇ~。……じゃ、横河さんもお見合い進行中?、お付き合い始めてる?、、、並行して、河原崎さん?、、、なかなかの人じゃないですか、、、横河さんって。」
「大体そうよ。みんな多かれ少なかれ、、、周りと同じじゃないと、取り残されるとか外れるとかって、散々学校で沁みついちゃってるじゃない。必修科目みたいに。」
「そうかぁ、、、、大変ですね。皆さん、、、」
「若くてチヤホヤされる期間なんて長くて10年も無いしさ。出来る内にやっときなさいよ、咲奈ちゃんも。」
「……はい。」
自分はどうしたいんだろう。
若い青年、新太郎君とこのまま付き合ってゆくゆくは、、、何かが違う気がするし、新太郎が怖くなる事がある。
安西さんの様に目標に向かう為に「女優」になる事も出来ていないし、出来そうにない。向上心もまだ持てていない。
晋平との日々を思い出し、あの頃が良かったと思い出すのは、楽がしたいからなんだろうか?
それとも、今に自分に自信が持てないと、誰もがそう思ってしまうのだろうか?
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