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今読みたい『プリンセスメゾン』と、大好きな『繕い裁つ人』

1. 漫画が好きなワケ

漫画の何が好きかと問われると、
読んでいる間、その世界に入り込み、没頭できることだった。

小学生の頃、手元にあったお金はすべて、
漫画に消えていた。
りぼん・なかよしは欠かさず、ちゃおも時々。
弟のジャンプやコロコロも借りて全て読んでいた。
小学校の終わりには、クローゼット一つ分を埋め尽くすほどの、コミックを所有していた。

親の小言、思うように進まない受験勉強、楽しいんだけど気を遣う友人関係、なんかから解放され、ただただその世界に浸れるところだった。



2. 池辺葵作品との出会い

大人になって、
ほとんど漫画を読まない期間があった。
買いに行く時間がなかった。



だから、その作品との出会いは電子書籍。
移動の電車の中だった。

その頃、私は仕事に追われ、子育てに追われていた。
焦燥感と不安感の間を行き来していた。

移動の電車の中くらい、
どちらのことも考えず自分の時間に没頭したくて、手を伸ばした。



私の願いを叶えてくれたのが、
池辺 葵先生の漫画だった。

池辺先生の漫画は、私をその世界に連れ込み、
静かで優しい時間を与えてくれた。



3.今読みたい『プリンセスメゾン』


プリンセスメゾン』から入った池辺先生の作品。


自分だけのマイホームマンションを買おうと、
内見を繰り返す、20代女性の沼ちゃん。

並行して描かれる職業も年齢もバラバラな人々。
その人にとってのと、そこでの生活
日常を淡々と描いている。


池辺先生の作品は、
セリフのない絵だけのコマが多い。
第1話の終わり19コマには、セリフが一切ない
19コマで描かれているのは概ね、こんなシーン。

沼ちゃんは、マンションの内見を終えて、
自分の今のアパートに帰り、ビニール傘を閉じて、狭い玄関で靴を脱ぎ、畳んである布団をしり目に、リュックを下げたまま、畳に寝転がる。
リュックから通帳を取り出し、眺める。そのとき、初めて、一人でファミリー物件も見て回る「鉄の心」と言われた強さを緩めて、眉尻を下げる。

絵で人の心を掴む。
その場に流れる空気を感じる。


『プリンセスメゾン』を読み返しながら、
星野源さんの「うちで踊ろう(2020年大晦日バージョン)」で歌われた世界観と重なるな、と思う。

飯を作ろう ひとり作ろう
風呂を磨いて ただ浸かろう
窓の隙間の 雲と光混ぜた後
昼食を済まそう
(中略)

生きて踊ろう 僕らずっと独りだと
諦め進もう

  星野源「うちで踊ろう(大晦日バージョン)」より

やるべき生活のことをやるとき、人は一人きりだ。
毎日毎日一人で積み重ねるしかない。
誰も代わりに積み重ねてはくれない。

生活のことをやるとき、こんなことやっているのは自分だけじゃないかと、孤独感を覚える。

けれど、この作品を読めば、
たくさんの人が一人一人、そうやって淡々と生活を送っているのだと、
そこに流れる空気はとても愛おしいのだ
と、感じることができる。

そしてきっと、沼ちゃんが日々生活し、ひたむきに目標に向かう姿に、癒され元気づけられる。

今、生活を大事にすることを考えている人に
手に取って頂きたい作品。




4.一番好きな作品 『繕い裁つ人(つくろいたつひと)』


物作りを題材にした作品が好きだ。
自分は手先が不器用で、形あるものを生み出せないから、憧れもあるのかもしれない。

でもこの作品のタイトルは、「作る」のではなく、あくまで「繕う(つくろう)」なのだ。

繕う(つくろう)とは
衣服などの破れ損じたところや物の壊れた箇所を直す。補修する。
     goo国語辞書より

祖母から受け継いだ「南洋裁店」を、一人で営む市江。
そこには近所から、馴染みの人が集まる。
市江は、その人が望む服を仕立てる。

作品の中で市江は、布一枚からオーダーメイド品を作り、お店に卸す洋服を作っている。
「繕う(つくろう)」でなくて、
「作る」でもよかったんじゃないか。
もしくは、「縫う(ぬう)」とか

それでも、繕うとしたのは、
お客さんに寄り添って仕事をする市江らしさを表しているのかと思う。



セリフはやはり少ない。
巻を追うごとにその傾向は強くなる。
けれど、時折発せられる洋裁店をとりまく人々のセリフが心に響く。

市江の祖母の言葉
 仕立てたものはどんなものもみんな
 自分の誇りにも恥にもなる
 おまえもようく肝に銘じておおき
お客さん(さつきさん)の言葉
 服なんてなんでもいいと思っていたんだけど、不思議ね。これをはおった時にふと思ったの。誰かを愛したり、誰かに愛されたり、何かを大事にしようと思うことをあきらめたりしないでいようって
市江の言葉
 たった一人のためのたった一人でじっくり作り続ける毎日

小さな洋裁店に一人きり。
ただ目の前のお客さんを見つめ、繕う生活。

ここにはそんな市江を、揺さぶる人もやってくる。


百貨店で、自分のブランドをつくらないかと誘う人。

自分の作った服を着ている女の子で、通りを溢れさせたいと夢を語る若者。

お客さんに合わせて服を作るのではなく、
お客の方が服に合わせればいいと言う人。


自分の小さな居場所を、
変わらず守り続けることなんてできるのか。


静かな選択の連続。
小さな洋裁店の店主の変わらないように見える生活の中にも、沢山の選択が待っている。



『プリンセスメゾン』より前に作られた作品のため、
初期は絵が少し硬いが、2巻目以降ぐっと読みやすくなる。
だんだんと緩んで、コマ割りも先生らしくなるのを観察するのも楽しい。




どうか最後まで、市江の選択を見守り、
市江の作る洋服に魅了されてほしい。

そんな作品。




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