『チョコレート』
チン、と扉が開くと予期せぬ人物が立っていた。
「あ、こんちは」
「……お疲れさまです」
出足が遅れて扉が閉まりかけたので、内と外から二人してボタンを押す。再び開いたところで私はエレベーターから降りた。
「レポートでしょ? 教授の部屋のドアに封筒が掛かってたから、そこに入れればいいみたい」
「そう、ありがとう」
入れ代わりで彼がエレベーターに乗り込み、扉が閉まる。
……マジかよ。
鞄の中に入っているものを思い出す。こんなことなら……いや、まずはレポートだ。教授の部屋に向かうと彼の言った通りに提出用封筒が掛かっていた。今日が最終締め切り、そうでなければ二月も半ばになって大学で会うわけがない。
レポートを突っ込んで引き返し、エレベーターのボタンを押す。
チン。
扉が開くと予期せぬ人物が立っていた。
「……なんで?」
「エレベーターが上で呼ばれてたみたいでさ、行って戻ってきたとこ」
「で、このエレベーターは下に行くの?」
「じゃなかったら困る」
「そう」
と、乗り込む。なんという偶然、これは渡すしかない。
「これ、ハッピーバレンタインってことで」
「え、いいの?」
徳用チョコレート菓子詰め合わせだけどね。なんて、見れば分かるか。
「ありがとう。ホワイトデー三倍で返すから」
「はは、期待せずに待ってる」
来月って言ったら春休みど真ん中、はなからお返しなんて期待していない。そのリップサービスが頂けるだけありがたいのだ。
一階まで辿り着き「じゃあ」と別れようとすると、彼の方が私を引き留めた。
「この後ヒマ? メシ行かない?」
「え?」
彼が腕時計をのぞく。つられて自分の時計を見たら十一時四十分、ちょうど昼時。
「誕生日でしょ。奢るよ」
「……え?」
確かに今日は私の誕生日だった。
バレンタインが誕生日という巡り合わせのせいで、毎年毎年、張り切ってチョコをばらまく気にはなれないでいる。そして誕生日アピールもできないでいる。
「な、なんで私の誕生日知ってるの?」
「なんでって……いつかの話の流れで。バレンタインじゃなかなか印象に残るし」
何でもないように彼が言い「行く?」とまた尋ねてきた。私はコクリと頷いて、しょうもないことを考えた。
徳用チョコ菓子の三倍ってどれくらいだろう、なんて。
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