『ツイテイナイ透の憂鬱』最終回の裏
市原くんが席を立った後、俺は隣に座る真一をまじまじと見つめてしまった。その視線に気付いた彼はこちらを煽るような不敵な笑みを浮かべる。
「何だよ?」
「いや、何が目的なのかなと思って」
実のところ真一はなかなか合理的な男で、自分にも利がなければ他人に情けをかけない。彼にとっての「理」と「利」が特殊なだけで、その割り切った思考自体は嫌いではない。
「うん? 俺の目的は相棒が譲くんのお守から解放されることだけど?」
「どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「透より大事な人間が思い浮かばないくらいには好きだけど、真顔でそんなことが聞けるお前には地味に引いている」
真顔で変なことを言っているのは間違いなく真一の方だ。
「実際のところ、職場での透の評価ってどうなの?」
「は?」
「学生の頃は顔良し、頭良し、運動神経良しで、いくら愛想が悪くても格好いいに変換されてただろ? 周りが医者ばっかりになったら人並み扱いか、それでもやっぱりイケメンは正義なのか」
「……何を言ってる?」
「ああ、そっか。いまだに自覚してないんだった」
市原くんと話していた時よりよほど真剣な表情で、真一は何事かを考え込んでいる。
「この際だから聞くけど、透の人生設計に結婚って入ってる?」
「どうした急に?」
「いや、透が女に興味ないことは知ってるけどさ。親を安心させたいとか孫の顔を見せたいとか、透ならそういう次元で結婚を考える可能性もありそうだなと」
「……嫌なことを聞くな」
完璧に図星を指された。
いつかは自分もするものだと漠然と思っていた結婚が、いつまで経っても興味を持てないせいで現実味も帯びない。そんな俺を見て両親は、ご縁があればという言葉に言いたいことを全て包み込んでいるようだった。
「確かにご縁があるなら結婚しても構わないが、探してもいないご縁と巡り合うことはないと思っている」
「実に透らしいけど、そのスタンスはちょっと危険かもしれない」
「は?」
真一は大真面目に忠告してきた。
「はっきり言って透には人を見る目がない。他者への興味が薄いせいだと思うが、他人の悪意とか見抜くの苦手だろう?」
「……まあ、否定はできない」
だから俺は、駆け引き的なコミュニケーションが求められる出世は諦めている。たとえ言葉足らずで難解な相手だとしても、まだまだ純粋な子供の患者とだけ向き合っていたい。
「おまけに透は押せば押すだけほだされる男だ。今のところ愛想の悪さの方が目立つけど、そのお人好しが露呈したらすぐにタチの悪い女に狙われるぞ」
「どの口が言うか」
俺の人生最大の誤算は真一だ。この男と出会ってから散々な目に遭ってきた。
「俺は透が医者になる道も邪魔しなかったし、転がり込む前にこうしてお伺いを立ててるだろう? 引き際をわきまえずに依存してたら、透の人生なんか一瞬で崩壊させちまうからな」
自信満々に言われても困る。
だが、彼の言葉にはドキリとした。確かに俺にはいざという時ほど他人に流される傾向がある。全て理解した上で引き際をわきまえているという主張には納得せざるを得ない。
「見るからに親に愛されて育った、わがままで素直な男だよな。ついでに頭がいいから理詰めの説得には弱い」
そこで言葉を切ると、真一はニッと笑った。
「顔に自覚がなくたって、ドクターの肩書と年収に女が食いつく可能性は理解できるだろう。気付いたら押し倒されてた、なんて御免だよな?」
「……それもお前に言われたくない」
幽霊に狙われているからと、所かまわず俺に抱き着く男が眉根を寄せる。
「こっちも好きでやってるんじゃない。いつだって命懸けだ」
「だからって」
「だから双方に利益のある提案をしている。俺を彼氏にしたら俺以外との人付き合いの面倒、全部俺に押し付けられるぜ?」
何故そうなるのか、俺には全く理解できなかった。
ただ、真一が言うことは少なくとも真一の理屈では正しいし、いくら俺が楯突いたところで最終的には実行される。
この思考もまた真一の誘導のような気がするが、どうせ逆らえないのならせめて自分の利益とやらは確保したいものである。
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