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『ツイテル僕と兄貴』第13回

   *

 野々村先生がグイと基を引き離すと、目の前でしりもちをついているのは亀山さんに戻っていた。
「イッタ! え、何?」
「何じゃない! お前……今すぐ警察に突き出してやろうか?」
「つまり基くんがやらかしたってことか。困るなあ。それを止めるために透を配置してるんだから、ちゃんと俺の操を守ってくれよ」
「お前の操なんか知るか!」
 完全に被害者面の亀山さんと、彼を叱る野々村先生に呆気に取られ、私はつい仲裁に入ってしまった。
「だ、大丈夫です。悪いのは基だし、私にキスしたのも基だし……じゃなくて、亀山さんと何かあったなんて私も思いたくないので何もなかったことにしてください!」
「……咲良ちゃんがここまで言ってくれるということは、俺のことはちゃんと基くんに見えたのかな?」
「えっと……はい」
「じゃあ、返して」
 亀山さんは𠮟られた先生の足元にしがみつくような体勢のまま、こちらに手を突き出した。
「へ?」
「イヤリング、返して」
 基が乗り移る前に渡されたイヤリングを差し出すと、彼は素早く左耳に付け直していた。
「それは?」
「霊能力は物にも宿る。顔立ちが似ている譲くんならともかく、俺に乗り移った基くんを基くんと認識するのは、咲良ちゃんには難しいかと思って」
 私は霊能力をお裾分けされていたらしい。
「……ちょっと、都合が良すぎませんか?」
「咲良ちゃんが基くんに会いたいと思っていればこそだ。人間が見たいように物事を見るのは幽霊に限った話じゃない」
 亀山さんがゆっくりと立ち上がる。それを見た野々村先生が後ろに下がろうとしたら、彼は先生の腕をガシッと捕まえた。
「例えばこの男、高校時代は成績だけで教師たちから品行方正な優等生のように思われていた。中身がめちゃくちゃ我の強い問題児だって、何故か誰も気付かないんだよな」
 先生は心底どうでも良さそうに溜め息をついた。
「そんなことより、さっさとその手を放せ」
「断る。今の俺には透が必要だ。まだ死にたくない」
 掴んだ腕を引き寄せながら、亀山さんは話についていけない私と譲くんにニコリと笑顔を向ける。
「さっきも説明しただろう。基くんは一度あの世に行きそびれているから、とり憑いてる人間諸共お呼びが掛かるような状態だ。咲良ちゃんは平気でも、俺はマジで引きずられかねない」
 もしかしたら亀山さんは、私と基のためにかなり危ない橋を渡ってくれたのかもしれない――と、私なりに受け止めて感謝したのに先生が一蹴した。
「何を言っているのか分からない。邪魔だ。さっさと手を放せ」
「最高。透がいればどんな幽霊も怖くないな」
「幽霊なんかいないからな」
 こんなやり取りを何年も続けてきたのだろう。完全に二人の世界である。
「あの」
 置いてきぼりだった譲くんが割って入ってきた。
「それで、もう大丈夫なんですか? 咲良姉ちゃんも、兄貴も」
 聞かれた亀山さんは、視線をスッと私に向けた。
「咲良ちゃん、どう?」
「わ、私ですか?」
「君が大丈夫かどうかは君にしか分からない」
 もっともなことを言われて、基の言葉を反芻する。
 私が彼に対してできることは、彼を忘れないこと――それなら大丈夫だ。一生忘れない自信がある。
 もう一つ最後に、自分の身は自分で守ること――バッチリ基から唇を奪われてしまった私では心許ないけれど、譲くんが弟分として相棒になってくれるらしい。
「大丈夫だと思います。譲くんもいるし」
「僕?」
 キョトンとしている譲くんは基の言う通りちょっと頼りないかもしれないけれど、基じゃないのだから仕方ない。私もお姉さんらしくなれるよう頑張ろう。私次第って、そういうことだよね?
「君たち、めちゃくちゃ面白いな」
 亀山さんが急にニヤニヤし始めたけど、基とお別れする前の不安はほとんどなくなっていた。
 これで良かったんだよね、基?

   *

 高校の入学式を終えた頃、野々村先生から連絡が入った。
 唐突な呼び出しには戸惑ったけれど、放っておいたら亀山さんに突撃されるかもしれないと警告され、以前と同じように喫茶店で待ち合わせた。
 今日の亀山さんは、初めましての時と同じような着古しコーディネートである。
「この前の勝負服は格好良かったのに、亀山さんはオシャレに興味ないんですか?」
「単純に時間とお金がもったいない。でもまあ、仮に透くらい顔と稼ぎが良かったら、もっと気を使ったかもしれないな」
 そう言って隣に座るイケメンドクターを一瞥するのが、ちょっと意外だった。
「これでも見習いカメラマンだ。センスが足りないのはむしろ透の方だろう」
「野々村先生ですか?」
「宝の持ち腐れをしているこの無難の塊コーディネートを、お節介な友人が何とかしたくて仕方ないらしい。でも、透の興味を引きながらオシャレを論理的に説明する語彙力があいつにはないし、俺は透をこれ以上格好良くする必要はないと思っている」
 当の先生は我関せずといった感じで聞き流している。シンプルイズベストに思えた服装も、見る人が見れば無難の塊らしい。オシャレって難しい。

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